カテゴリー「戸矢の意見」の64件の記事

2017年10月25日 (水)

美術館博物館の入場料、高齢者は高く、若い世代は安くしたらどうだろう?

20171010

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2017年4月21日 (金)

新元号は「大和言葉(やまとことば)」で! ──もう漢語は、やめよう。

 「これまでわが国で用いられた元号は二四八に及ぶが、すべて「漢語」であり、漢籍とくに『史記』や『書経』に出典を求めてきた。二四八にも及ぶ歴代の元号に「和語」すなわち「やまとことば」は一つもない。
 これが飛鳥時代や奈良時代であるならいざ知らず、大陸渡来の政治的文化的影響がほとんどなくなって永年月が経っているのに、なお古き慣習を引きずっているのだ。
 新元号の決定にいたるプロセスは今回も公開されなかったが、元号決定に関わった者は罪が重いと言わざるを得ない。翌平成二年一月、竹下登(改元時の首相)が講演で、「平成」は陽明学者・安岡正篤の案であると述べているが、それを採用した竹下内閣は誤りを犯したのだ。記・紀・万葉の研究者や神道学者は他に少なからずいるにもかかわらず、中国思想の研究者に立案させたのはまったくのお門違いというものである。
 ちなみに「元号をやまとことばにせよ」というのが私の持論だ。『古事記』や『万葉集』に典拠の、美しくも意義深いやまとことばはいくらでもある。漢籍に頼らなければならない理由はまったくない。」(戸矢学著『三種の神器』より)

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2017年2月26日 (日)

批評とは評価であるべき

 近年はSNS(social networking service)の急速な発達・浸透にともなって、個人が容易に意見を発表・発信することができるようになった。私の著作についても、新たに上梓するたびに少なからぬ意見をネット上で発していただいている。特定の少数者の特別なものであった批評が、万人に開放されたのはすばらしいことだと思う。
 拙著についてのSNSは、その多くは評価でありつつも、なかには批判もある。そして、その何割かは本論の中核テーマについての批判や反論ではなく、論理の組み立て方や、表現の手法など枝葉末節についてのものであるのは残念なことだ。ぜひ本質論を期待したい。
 さすればそれを糧として、私も、また読者諸兄姉も、さらに深く歩を進めることができるやもしれず、そこに新たな発見が生まれるかもしれない。
 というのも、著作を私が上梓するのは、単に自説を開陳するだけでなく、次の段階へのステップを期待してもいるからだ。拙著によって最終的にすべてが解き明かされているわけではなく、新たな課題の提示も常におこなっているのは、基底にそういった心構えがあるゆえとひとこと申し上げておきたい。
 批評とは評価であるべき、というのが私の考え方であって、もし評価に値しないのであれば、無視・黙殺すればよいだけのことだ。その程度のものは、あえて騒ぎ立てずとも、いずれ消えて行く。少なくとも私はそう信じて、常にそうしている。本書についても、ぜひそういったスタンスからのご意見を期待したい。(※現在執筆中の新刊の「あとがき」より)

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2017年2月 1日 (水)

三角縁神獣鏡が「魔鏡」だというデマについて

「本書(『ツクヨミ』文庫版)ではあえて深入りしなかったが、俗に「卑弥呼の鏡」とも「八咫鏡」とも言われる三角縁神獣鏡について、今年に入ってからデマ報道が飛び出した。いわく「三角縁神獣鏡は魔鏡」「卑弥呼の鏡は魔鏡」などという馬鹿げたものだ。しかもこれを発信したのが京都国立博物館のしかるべき立場の人物なのだから困ったものだ。
 京博では、「三角縁神獣鏡のレプリカに太陽光を反射させて文様を映し出す再現実験を公開し、一種の「魔鏡」だったとの仮説を発表した。」(「毎日新聞」一月二十九日版)レプリカは、今注目の3Dプリンターで製作したのだという。
 魔鏡とは、鏡に光を当てて、壁面などに反射させると、特定の隠れた画像が映し出されるというものだ。これは鏡面に彫られたわずかな凹みが、そのままでは分からないが、光を当てると浮かび上がるというものだ。日本では、隠れキリシタンの十字架やマリア像などが知られている。
 ちなみに今回の公開実験では、「神獣紋様」を浮かび上がらせている。神獣紋様とは、鏡面の裏側の彫刻で、「神」と「霊獣」のことだ。本書本文で紹介したが、古代道教では東王父と西王母という男女一対の神を崇め、それを取り囲んで青龍(東)、朱雀(南)、白虎(西)、玄武(北)という四霊獣を配する。三角縁神獣鏡とは、基本的にこれらが紋様として刻まれていて、縁の断面が三角形になっているものをいう。
 その鏡に光を当てると、それらの背面の紋様が映し出されるというのである。
 それはそうだろう。映し出されることを別に否定はしない。
 しかし、こういうのは「魔鏡」とは言わない。ただの「裏映り」にすぎない。いかなる銅鏡であっても、磨き込んで薄くなれば、皆こうなるのだ。今回のニュースに媚びたのか、Wikipediaの「魔鏡」の項目も書き換えられているのは困ったものだ。
 魔鏡とは何のために作られるのか? まずそれを考えてみれば良い。そもそも、すでに肉眼で見えているものを映し出しても何の意味もない。魔鏡とは、肉眼では見えない「秘密の画像」が映し出されるものをそう呼ぶのだ。隠れキリシタンの十字架が典型である。取り締まりからひた隠しにしておいて、密かに映して礼拝するのだ。──この技術的構造を知らない者が「魔鏡」と呼んだものである。
 今回の三角縁神獣鏡の件は、裏側の造作紋様がそのまま映るだけのことだ。これを「裏映り」という。研ぎ過ぎた結果起きる現象で、いわば“不良品”である。
 銅鏡というのは、錆び易いため、定期的に研磨しなければならない。したがって段々薄くなってくる。研磨が限界に達すると、穴が空いたり欠けたりする。今回の「裏映り」は、その一歩手前である。レプリカをプリントした原盤が磨り減っていただけのことだ。磨り減っていない原盤を使えば、映り出す画像もない。
 3Dプリンターは、すばらしい技術だが、それによって復元されることとは何の関係もない。無理矢理ニュース・ネタに利用しないでもらいたい。
「魔鏡」という、いかにも歴史好きや子ども達が食いつきそうなキーワードでひっかけるのも、やめてもらいたい。
 これら一連の空騒ぎは、消えない傷跡を残すのではないかと、私は危惧している。とりわけ、子どもたちに誤った先入観・固定観念を与えてしまうことを、私は危惧している。こういう刺激的なデマは簡単に広まるが、いったん広まったデマを帳消しにするのはきわめて難しいのだ。どうぞ皆さん、正しく認識してください。」
(『ツクヨミ』文庫版あとがき より抜粋)
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平成二十六年 水な月 戸矢学

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2017年1月26日 (木)

私の取材心得

原稿を書くために、関係地域などを取材することは少なくない。
私の場合、神話や歴史に関連することがほとんどだが、とりわけ神社およびその関連の故地を踏査することは不可欠である。
その際に、私が神社関係者であるところから、特別な便宜を図ってもらっているのではないかと思われるかたもいることだろう。
しかしそのようなことはほとんどない。
というのも、神社関係者にも自治体の観光課等々にも一切頼らないからだ。
かつて、そのコネクションをフルに利用したこともあるのだが、それにはメリットばかりでなく、デメリットも伴うのだ。
ひとに頼れば、どうしても義理と人情が生まれる。
早い話が、「筆が鈍る」のだ。
だから、コネクションを使うのは、やめた。
やめてから三十年以上経つので、もはやほとんど柵(しがらみ)はない。
私の原稿は、そういう次第で書いている。

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2016年11月 9日 (水)

「深夜食堂」のマスターの正体は?

余計なことを考えるのが私の職業病でもある。

で、大ファンでもある『深夜食堂』について、ず〜っと、引っかかっていることについて突き詰めてみた。

ふつうは、男が一人でやっている居酒屋は、店主と、女の一人客ができちゃうのは常識で、
現実世界でもいっぱい見た。ねたましいほどね(そのために居酒屋をやるという選択肢もある)。

ながくなるので、後日につづく。

とはいうものの、ほのめかしは先に明かしておきます。

浮いた話が皆無なのは、やはり変でしょう。

となれば、

マスターは、ゲイか、不能か、と普通は考えるんじゃなかろうか?

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私が居酒屋に行く理由

五つ、理由がある。
一つや二つ欠落しても許す。
が、三つは、あかん。

1.酒が、うまい。
2.食い物がうまい。
3.店のたたずまいが、いい。
4.盃や皿その他、食器が、いい。
5.接客というかサービスというのか、まあとにかく対応の善し悪しは大事だよね(オモテナシですね)。

てなふうな五箇条の御誓文。

「良い店レーダーグラフ」にするとわかりやすいかも。

全部完璧な店は、なぜか近頃、少なくなりました。
これらは客側のことだから、店側からすると「そこまで求めたら、料金高いよ」ってなるのかもね。
でも、この条件がそろっているのならば、毎日でも通うな〜。料金もほどほどなら。
昔、そうしてたし。

いろんな考え方がある。酒と食い物がうまければ、店がきたなくても、無愛想でもいい、その代わりに料金が安いなら、とかね。そういう人気店も昔からあります。

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2016年10月30日 (日)

がっかりさせるね、ボブ・ディラン。

それじゃあ、これまでの沈黙は何だったんだろうね。

落ちた偶像、かな。

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2016年10月24日 (月)

坂本竜馬を英雄にしたのは司馬遼太郎。

坂本竜馬を英雄にしたのは司馬遼太郎。

売れなければ一つの仮説に過ぎなかったのだが、

たまたま売れてしまったことで、

あたかも事実であるかのように世間に受け止められてしまった。

大衆作家の創作は、罪が重いね。
             

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2016年10月14日 (金)

ボブ・ディランは辞退するだろう。

でなければ、これまでの活動や主張と矛盾する。

そしてなによりも、自己否定になる。

どうするかで、彼の真価が問われるな。

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