カテゴリー「映画・テレビ」の3件の記事

2016年2月29日 (月)

レオナルド・ディカプリオは、

出演作以外でのベスト映画に『千と千尋の神隠し』を挙げている。

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2008年12月26日 (金)

84夜 映画『憂国』を見よ!

Mishima06 映画『憂国』は、高校一年の時、埼玉県熊谷の映画館で観た。たしか『心中天網島』との二本立てだったと記憶している。それからまもなく、三島は死んだ。映画の様々なシーンが頭の中を駆け巡って、現実と虚構の区別がつかないような、奇妙な感覚を味わった。それほどに、リアリティを感じさせる映像であった。「これ、みんなに見せていいのか?」と映画館の座席で思ったのを今でもはっきり憶えているが、今はおおいに見せるべきだと思っている。映像作品としての評価は、あえて書かない。それが、この映画に対する私の姿勢の表明だ。
近頃みっともない自殺方法がやけに流行っているようだが、どうせ死ぬなら切腹しなさい。手順にのっとって見事に成し遂げれば、きみの死はきっと美しい!ぜひ、やってくれ!
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ちなみに、この数年後、たまたま上野の軍服屋に行くことがあって、経営者のオヤジからちょっとした話を聞いた。『憂国』を撮る時に三島由紀夫が来店し、二二六事件の将校がかぶっていた軍帽はないかと言う。「一個だけあったんだ、おれの秘蔵のやつがさ。売り物じゃねえんだけど、話聞いて売ってもいいかって思ってね。だけどサイズがあわねえんだ。三島は頭が小さいだろ?だもんで、軍帽がぶかぶかで鼻の上までツバが落ちてきちまう。でも、それしかないんだからな」
『憂国』の三島は軍帽で顔が半分隠れて見えない演出を採用している。きっと、大き過ぎる軍帽がくれたヒントを、効果的に使ったのに違いない。

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2008年12月23日 (火)

83夜 麻生首相のマンガ好きは「恥ずかしいこと」と宮崎駿監督

日本外国特派員協会(11/20 東京・有楽町)で講演をおこなった宮崎駿監督、
記者との質疑応答で「麻生首相がマンガ好きであることを公言していることについてどう思うか」と聞かれてこう答えた。
「恥ずかしいことだと思う。それはこっそりやればいいこと」
世界にその名を知られたアニメ監督の発言だけに、その反響は大きかった。
さっそくネットでは「おまえが言うな!」「言える立場か!」などという反応もあって大騒ぎだ。

しかし──、
「宮崎監督は、現代の子どもたちがテレビやビデオゲーム、Eメールといったバーチャルな世界に囲まれていることに危ぐし、景気を刺激するために橋や道路を建設するよりも、日本は子どもにとって適切な環境を作り出すべきだと考えを述べたうえで、自らに触れ「わたしたちのやっている仕事で子どもから力を奪っているとしたら、大きな矛盾を感じるが、1本だけ忘れられない映画を持つというのは子どもにとって幸せな体験だと信じ、今後もこの仕事を続けていきたい」と語った。」【11月20日 AFP】

──これは「見識」というものだろう。

マンガはサブ・カルチャーであって、メイン・カルチャーあってこその存在だ。
麻生の恥ずかしさは、メイン・カルチャーの欠落にある。
つまり、古い表現でいえば「無教養」ということだ。
宮崎監督が数々の傑作アニメを産み出しているのは、監督自身にメイン・カルチャーの蓄積があるがゆえに他ならない。
古典や歴史や文学などへの造詣の裏付けが、「もののけ姫」や「ラピュタ」や「ナウシカ」を生み出しているのだ。

麻生が「ゴルゴ13で国際政治を学んでいる」と言ったので、
中曽根はまとめて買い込んで読んでみたそうだ。そして読後ひとこと「馬鹿だね」。
まあ、当然の感想でしょうね。
中曽根元首相の政治的評価はさておくとしても、少なくとも麻生よりはまともな教養があったということだろう。
そもそも「ゴルゴ13」はマンガ作品としてもとくに見るべきものはない。

──私も長年マンガに親しんでいるが、とくにそれを公言したことはない。
書籍や映画やCDなど多様な選択肢の一つにすぎないからだ。

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