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2017年4月21日 (金)

新元号は「大和言葉(やまとことば)」で! ──もう漢語は、やめよう。

 「これまでわが国で用いられた元号は二四八に及ぶが、すべて「漢語」であり、漢籍とくに『史記』や『書経』に出典を求めてきた。二四八にも及ぶ歴代の元号に「和語」すなわち「やまとことば」は一つもない。
 これが飛鳥時代や奈良時代であるならいざ知らず、大陸渡来の政治的文化的影響がほとんどなくなって永年月が経っているのに、なお古き慣習を引きずっているのだ。
 新元号の決定にいたるプロセスは今回も公開されなかったが、元号決定に関わった者は罪が重いと言わざるを得ない。翌平成二年一月、竹下登(改元時の首相)が講演で、「平成」は陽明学者・安岡正篤の案であると述べているが、それを採用した竹下内閣は誤りを犯したのだ。記・紀・万葉の研究者や神道学者は他に少なからずいるにもかかわらず、中国思想の研究者に立案させたのはまったくのお門違いというものである。
 ちなみに「元号をやまとことばにせよ」というのが私の持論だ。『古事記』や『万葉集』に典拠の、美しくも意義深いやまとことばはいくらでもある。漢籍に頼らなければならない理由はまったくない。」(戸矢学著『三種の神器』より)

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2017年4月 6日 (木)

「倭」から「日本」への変換

「七一三年五月、「好字令」が発布された。正確には「畿内七道諸国郡郷名着好字」の詔(みことのり)という。『古事記』撰上が前年七一二年一月であるから、そのわずか一年四ヶ月後には、「好い字」に替えよと勅命が出されているのだ。
『古事記』という形で人の目にふれるようになった結果として、卑字・凶字が少なからず用いられていることが指摘されたのであろう。漢字を能くする者がすべて中華思想というわけでもないのだから、指摘する人は必ずいる。
 この時に「倭」の意味も、また邪馬台国(やまとのくに)の「邪」の意味も、卑弥呼の「卑」の意味も学んだに違いない。これらの文字を用いて書き記した『古事記』は国の体面を汚すものである。これを世に出すことは到底許せるものではない。『古事記』が宮中の奥深くに秘されて門外不出となってしまった一因は、ここにあるのではないかと私は考えている。
 だから急ぎこれに代わる国書が作られることとなった。その結果、わずか八年後の七二〇年には国書『日本書紀』が撰上されることとなったのだ。『倭書紀』ではなく『日本書紀』が。そしてここでは倭建命は日本武尊に改名していた。」(『三種の神器』より)

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