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2017年3月20日 (月)

『まんが古事記』(講談社)→ついに7刷です!皆さまに感謝。

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2017年3月14日 (火)

春日大社の社醸酒をいただきました。

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2017年3月 5日 (日)

今朝の読売新聞に『三種の神器』が紹介されました。感謝。

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2017年3月 1日 (水)

縄文と弥生はつながっている

『ひところ、「縄文人と弥生人は別の民族である」「縄文から弥生になる時、民族の交替があった」「大陸や半島からの渡来人によって征服された」などという説が蔓延っていたが、むろんそんなことはあるはずもなく、事実は連続している。

 江戸時代の日本人と、第二次大戦後の日本人の体格・体型が異なる程度に、縄文人と弥生人は異なるというに過ぎないということだ。江戸から明治になる時に、「民族の交替があった」「渡来人によって征服された」などと主張する人は、まさかいないだろう。

〝連続〟の根拠は、「言語」と「信仰」である。もし民族の交替があったり、異民族による征服があったならば、言語と信仰は強制的に変えられているはずである。その実例は世界中枚挙にいとまがない。たとえば中南米各国はスペインによる征服で、言語も信仰も変えられた。言語を奪い、神を殺すことが征服というものの本質である。インディオの人々がキリスト教の教会でスペイン語を話している様は、人類の罪深さそのものの証しではないだろうか。

 

 わが国では言語も信仰も古来不変である。すなわち変わらなかったのは「(言霊)」と「(精霊信仰・自然信仰)」である。そしてこの二つのテーマを突き詰めると、私たちの身体に「縄文」の濃厚な血脈が流れていることを認識することができるのだ。

 とりわけ、日本の民族信仰である神道には、積年の装飾を剥ぎ取れば、その中核に素朴かつ強固な「縄文時代の信仰」が顕れる。そして、それこそは現代の日本人が今まさに希求しようとしているものなのではないかと私は考えている。これは日本および日本人の本質であり、「よみがえるべき未来」なのかもしれない。つまり、私たちにとって縄文という古代は、ルーツであると同時に、目指すべき未来でもあるのだ。』

(『縄文の神』まえがき より抜粋)

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