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2017年2月 1日 (水)

三角縁神獣鏡が「魔鏡」だというデマについて

「本書(『ツクヨミ』文庫版)ではあえて深入りしなかったが、俗に「卑弥呼の鏡」とも「八咫鏡」とも言われる三角縁神獣鏡について、今年に入ってからデマ報道が飛び出した。いわく「三角縁神獣鏡は魔鏡」「卑弥呼の鏡は魔鏡」などという馬鹿げたものだ。しかもこれを発信したのが京都国立博物館のしかるべき立場の人物なのだから困ったものだ。
 京博では、「三角縁神獣鏡のレプリカに太陽光を反射させて文様を映し出す再現実験を公開し、一種の「魔鏡」だったとの仮説を発表した。」(「毎日新聞」一月二十九日版)レプリカは、今注目の3Dプリンターで製作したのだという。
 魔鏡とは、鏡に光を当てて、壁面などに反射させると、特定の隠れた画像が映し出されるというものだ。これは鏡面に彫られたわずかな凹みが、そのままでは分からないが、光を当てると浮かび上がるというものだ。日本では、隠れキリシタンの十字架やマリア像などが知られている。
 ちなみに今回の公開実験では、「神獣紋様」を浮かび上がらせている。神獣紋様とは、鏡面の裏側の彫刻で、「神」と「霊獣」のことだ。本書本文で紹介したが、古代道教では東王父と西王母という男女一対の神を崇め、それを取り囲んで青龍(東)、朱雀(南)、白虎(西)、玄武(北)という四霊獣を配する。三角縁神獣鏡とは、基本的にこれらが紋様として刻まれていて、縁の断面が三角形になっているものをいう。
 その鏡に光を当てると、それらの背面の紋様が映し出されるというのである。
 それはそうだろう。映し出されることを別に否定はしない。
 しかし、こういうのは「魔鏡」とは言わない。ただの「裏映り」にすぎない。いかなる銅鏡であっても、磨き込んで薄くなれば、皆こうなるのだ。今回のニュースに媚びたのか、Wikipediaの「魔鏡」の項目も書き換えられているのは困ったものだ。
 魔鏡とは何のために作られるのか? まずそれを考えてみれば良い。そもそも、すでに肉眼で見えているものを映し出しても何の意味もない。魔鏡とは、肉眼では見えない「秘密の画像」が映し出されるものをそう呼ぶのだ。隠れキリシタンの十字架が典型である。取り締まりからひた隠しにしておいて、密かに映して礼拝するのだ。──この技術的構造を知らない者が「魔鏡」と呼んだものである。
 今回の三角縁神獣鏡の件は、裏側の造作紋様がそのまま映るだけのことだ。これを「裏映り」という。研ぎ過ぎた結果起きる現象で、いわば“不良品”である。
 銅鏡というのは、錆び易いため、定期的に研磨しなければならない。したがって段々薄くなってくる。研磨が限界に達すると、穴が空いたり欠けたりする。今回の「裏映り」は、その一歩手前である。レプリカをプリントした原盤が磨り減っていただけのことだ。磨り減っていない原盤を使えば、映り出す画像もない。
 3Dプリンターは、すばらしい技術だが、それによって復元されることとは何の関係もない。無理矢理ニュース・ネタに利用しないでもらいたい。
「魔鏡」という、いかにも歴史好きや子ども達が食いつきそうなキーワードでひっかけるのも、やめてもらいたい。
 これら一連の空騒ぎは、消えない傷跡を残すのではないかと、私は危惧している。とりわけ、子どもたちに誤った先入観・固定観念を与えてしまうことを、私は危惧している。こういう刺激的なデマは簡単に広まるが、いったん広まったデマを帳消しにするのはきわめて難しいのだ。どうぞ皆さん、正しく認識してください。」
(『ツクヨミ』文庫版あとがき より抜粋)
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平成二十六年 水な月 戸矢学

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