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2017年1月26日 (木)

私の取材心得

原稿を書くために、関係地域などを取材することは少なくない。
私の場合、神話や歴史に関連することがほとんどだが、とりわけ神社およびその関連の故地を踏査することは不可欠である。
その際に、私が神社関係者であるところから、特別な便宜を図ってもらっているのではないかと思われるかたもいることだろう。
しかしそのようなことはほとんどない。
というのも、神社関係者にも自治体の観光課等々にも一切頼らないからだ。
かつて、そのコネクションをフルに利用したこともあるのだが、それにはメリットばかりでなく、デメリットも伴うのだ。
ひとに頼れば、どうしても義理と人情が生まれる。
早い話が、「筆が鈍る」のだ。
だから、コネクションを使うのは、やめた。
やめてから三十年以上経つので、もはやほとんど柵(しがらみ)はない。
私の原稿は、そういう次第で書いている。

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2017年1月11日 (水)

新元号は「大和言葉(やまとことば)」で! ──もう漢語は、やめよう。

 「これまでわが国で用いられた元号は二四八に及ぶが、すべて「漢語」であり、漢籍とくに『史記』や『書経』に出典を求めてきた。二四八にも及ぶ歴代の元号に「和語」すなわち「やまとことば」は一つもない。
 これが飛鳥時代や奈良時代であるならいざ知らず、大陸渡来の政治的文化的影響がほとんどなくなって永年月が経っているのに、なお古き慣習を引きずっているのだ。
 新元号の決定にいたるプロセスは今回も公開されなかったが、元号決定に関わった者は罪が重いと言わざるを得ない。翌平成二年一月、竹下登(改元時の首相)が講演で、「平成」は陽明学者・安岡正篤の案であると述べているが、それを採用した竹下内閣は誤りを犯したのだ。記・紀・万葉の研究者や神道学者は他に少なからずいるにもかかわらず、中国思想の研究者に立案させたのはまったくのお門違いというものである。
 ちなみに「元号をやまとことばにせよ」というのが私の持論だ。『古事記』や『万葉集』に典拠の、美しくも意義深いやまとことばはいくらでもある。漢籍に頼らなければならない理由はまったくない。」(戸矢学著『三種の神器』より)

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2017年1月 9日 (月)

ドナルド・キーン インタビュー〈ある作家の死に託された日本のことども〉

Keene

三島由紀夫との出会いを中心に、日本との深く長い関わりについて私がインタビュー。
古い記事だが、歴史の一つの証言として記録する。

「ドナルド・キーン インタビュー〈ある作家の死に託された日本のことども〉」
全5p/週刊Qtai1983.11/10

                        DonaldLawrenceKeene1983.pdf へのリンク

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2017年1月 7日 (土)

東京の朝は遅い。0721

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2017年1月 4日 (水)

新春散歩

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