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2016年5月31日 (火)

新連載 「神社に行こう! 神社空間を読み解く」

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2016年5月30日 (月)

柳田国男の「日本人」と、南方熊楠の「縄文人」

 柳田は『山人考』で、縄文人と弥生人の弁別峻拒をおこなった。すなわち、縄文人を「山人」と呼び、渡来した弥生人を「平地人」とした。さらに注目すべきは、平地人を「日本人」と規定したことであって、そこから「日本」も始まったと主張した。
 もしもわが国の民俗学がここから展開発展したとするなら、おそらくは今とはかなり異なる地平に立ち至っていると思われるのだが、残念ながら柳田はこの説を継承させず、『遠野物語』や『山の人生』などで見られるように、うやむやにしてしまった。
 これについて谷川健一氏は南方熊楠の批判によると指摘しているが(『白鳥伝説』)、それは理由の一つに過ぎないだろう。実際に熊楠の批判めいた論述を見ても、論陣は脆弱で、決して柳田が持論を捨てなければならないほどの説得性はない。熊楠はもっぱら「縄文人」の概念に拘泥しており、その血脈はその後も継承されて脈々と生き続けているのだと指摘している。その行間には、熊楠自身が縄文人の血脈を受け継いでいて、それが傍証でもあるかのように仄めかしている。当人の存在が論拠であっても、とくに私は不都合とは思わないが、万人を説得するには不適当であるかもしれない。谷川氏が穿ちすぎたのも熊楠への強い共感が前提となっているように思われる。
 柳田は『山人考』で発した「日本および日本人概念」を捨てる必要はなかったのだ。その後の考古学や民俗学の成果が教えてくれたように、縄文から弥生に切り替わったのは、まさに「人種」が切り替わったほどの変化であって、また現代に続く弥生文化・弥生人はそれ以前の縄文文化・縄文人とは画然している。顔貌も体型も、骨格そのものさえも大きく異なるのは当然として、稲作主体となったことによる食生活の変化だけでは理由にならない大きな文化的変化である。この事実を明瞭に解くのは人種・民族の入れ替わり以外にありえない。そして新たな人種・民族が突然この地に誕生することはないのであって、他の何処からか移り来る以外にありえない。
 そうであるならば、当初に柳田が指摘したように、弥生人こそは海の向こうからやってきた人々であって、彼らによって稲作は持ち込まれ、それまでこの地で暮らしていた縄文人は駆逐されたのだ。東へ追いやられた縄文人は蝦夷と呼ばれ、西へ追いやられた縄文人は熊襲や琉球になった。──しかしいわゆる「まつろわぬ民」、すなわち従うことのなかった人々は東西の辺境へと追われたが、多くの人々は恭順し、入り交じって暮らす道を選んだ。
 そして中央部を制圧した弥生人が日本人となり、彼らが建国した国が日本国(やまとのくに)となったのだ。その国王をオオキミ、ミカド、スメラミコト等々と様々に美称尊称することになる。そしてここに「日本建国」が成った。現日本人である私たちのほとんどは、その子孫である。
 それでも縄文人の一部は都市部に入り交じることもなく畿内各地にも残留して、土蜘蛛や隼人等々と称呼されて隷属した。南方熊楠が風貌体型ともに縄文人のそれであることはおそらく当人の言う通りで、紀伊熊野地域には辺境であるが故に縄文人の血脈が本来に近いままに存続していたのだろう。
「ご承知の通り紀州の田辺より志摩の鳥羽辺までを熊野と申し、『太平記』などを読んでもわかるように、日本国内でありながら熊野者といえば人間でないように申した僻地である。」と熊楠は『履歴書』で書き記している。
 その後の民俗学のフィールドワークでもそう考えられる風貌・体型の人たちが少なからず現存することがわかっている。地祇(国津神)系の氏族は、そうして残留した縄文人の血脈であるだろう。
 民俗学では「常民」と呼ぶことによって一括した概念設定をしているが、常民にも様々あって、日本列島の多様な環境(風土・気候など)を考えればそう簡単でないのは自明である。仏教伝来以前の原始信仰を見ても、海人の信仰、常民の信仰、山人の信仰それぞれが複雑に絡み合って発展している。神道の概念が確定するのは、神社の発生と定着を待たなければならない。原始道教を取り込み継承した陰陽道とも不可分の関係である。日本および日本人の概念とは、こうした精神風土の上に構築されたものだ。(『ニギハヤヒ』より)

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2016年5月28日 (土)

ハレとケ――「まつり」の構造

 人が生活をするのに、なぜ一年ごとに区切るかというと、やはりこれは、「農耕」と関わりがある。つまり、再び稲の耕作ができる季節がやって来る、そしてそれを知らせに神がやってくる、というのが正月の意味である。
 この時の神は歳神【とし がみ】と呼ばれ、稲の神である。稲の神を迎えるということは、人間の活動力である魂そのものを迎えるということで、この神を送って後は人間の魂が再生されるという意味なのである。
 草木が春を迎えて芽をふいて、さらに生い繁って行くように、人間の魂も、この時期に再生されると昔から考えられて来た。二月のことを「きさらぎ」といって、「如月」と書くが、本当は「生更【き さら】ぎ」であって、草木が更生するのにたとえて、人間の魂の再生を表現したものである。
 三月を「やよい」と言うのは、「弥生【いや おい】」のちぢまった言い方で、弥【いや】に(「さらに」という意味)生い繁ることを示す。
 こうした草木や人間の活動の開始は、一月に歳神から魂をさずかることから始まる。このとき神の魂と人間の魂がふれあって、睦【むつ】びくっつくことにより人間の魂が再生する。だから一月のことを「睦月【む つき】」という。
 旧暦では、正月は立春の前後であるから、歳神とは、そのまま春の神である。
 歳神、春の神、稲の神は、同一の神であり、同一祭事において祭られた。この神を迎え、稲の稔りを神に願うことが、すなわち「まつり」であった。これは今日では祈年祭(二月十七日ごろ行なわれる)にあたる。
 また、年に一度の祭事であるから、旧年中に稲が穫【と】れたことを神に感謝することも、まったく同時になされた。これは今日では、新嘗祭【にい なめの まつり】(十一月二十三日「勤労感謝の日」)となっている。
 このように、神に願うことと、神に感謝し神をねぎらうこととは、今日では正反対の別のもののように考えがちであるが、両者はまったく同一のものにほかならない。だから神に願うということは、単に私的な願いごとをすることではないし、また神に感謝するということは、単に私的なラッキーな出来事をありがたがることでもない。あるいは、単に平穏無事を祈り、感謝することでもない。願うことと感謝しねぎらうことを統一した行為が「まつり」なのである。

 歴史が進むにつれ、願うことと感謝することとは、別々のものとなり、祭事も祈年祭や新嘗祭に別れるようになった。
 そしてさらに色々に分けられたり、同じことを繰り返すようになったりして、今日の雑多な行事が形成された。正月では両者の折衷がおこなわれ、このことの複雑さの中に古い「まつり」の実体が最もよく残っているといえる。
 願うことと、感謝しねぎらうことが同一のものだということは、「願【ね】ぐ」と「ねぎらう」という言葉が同じ一つの言葉から別れたものであるということからも明らかであろう。
 なお、収穫を感謝するまつりは、収穫が飽き満ちるから、あき(秋)祭りであり、また、まつりの日、収穫の日は、心が張る(晴れる)という意味から、はる(春)祭りという。このために、まつりの日のことを、ハレの日という。
 まつりに際して心が張るのは、神から魂をさずかって、魂が再生したためである。
 この神から魂をさずかることを、「みたまのふゆ(恩頼【みたまのふゆ】とも書く)」と言う。たま【、、】はいうまでもなく魂のことだが、「ふゆ」とは「殖える」という意味の言葉である。だからこのまつりは、ふゆ(冬)祭りでもある。

 暦が普及するようになってから、飽く、ふゆ、張るなどの言葉が元になって、秋、冬、春というように季節を区別して呼ぶようになった。
「なつく(懐く)」という神への情の言葉が夏の語源になっている。夏の田植の季節になると、神と人との魂がなつく祭事も少なくなく、田のそばにはずっと「田の神」がなついている。
 ちなみに商業のことを商【あきな】いと言うのは、飽く、つまり収穫がない業【なりわい】だからである。

 まつりがおこなわれる日のことをハレの日というが、正月などに着る「晴着」は、まつりの日に着る衣服の意味である。近ごろは正月や成人式などで、年に一度のこと、一生に一度のことだからと言って、何十万円もかけて晴着をつくることが多いが、晴着とは、もとは忌服【いみ ふく】のことであった。だから、祭事の当日に着るというよりも、祭事の以前から物忌【もの いみ】のために着るものなのである。
 物忌とは、行動を慎み、衣食までも慎むことであるから、晴着とは、ハデできらびやかな服のことではない。
 なお、物忌とは行動を慎むことでもあるから、正月三が日を寝正月で過ごすのは正しいことであると言えなくもない。「ものぐさ太郎」や「三年寝太郎」の昔話は、物忌のエピソードであって、怠け者の話ではない。

 ハレの日の物忌においては、とりわけ食べることを慎む。あるいは、まったく食べないか、働かないものとされた。
 ハレの日でない日常の日のことをケ(褻)の日と言うが、ケというのは食【け】、すなわち食べることと関係がある。自然を破壊し、動植物を殺戮して、つまり罪・穢【けがれ】を重ね続けて、食物を得るのが、人間の日常の生活である。
 食物を得ることの犯罪性や残酷さは、日本神話では須佐之男命【す さ の お のみこと】の乱暴のさい、大宣都毘売【おお げ つ ひ め】を殺し、死体からたくさんの食物神が生まれ出たとあることからもうかがえる。
 なお、穢とは、食(け)がある(生る)ことから来たのであろう。近年では「気枯れ」とする説が流布しているが、これは「気」のブームに乗った〝新説〟である。

 こうした罪・穢を省りみて反省することが、物忌であるのだから、物忌の期間に、罪、穢【けがれ】を犯していたのでは、なんにもならない。こうした物忌があってこそ、禊・祓の意味も増すのであって、それは、まつりの日、ハレの日において神々から新たな魂をさずかるためには、なくてはならぬものであるということは言うまでもない。
 ハレの日、まつりの日の食事は少しぜいたくなものが多いが、それは物忌を解かれたときの食事であり、神への供物をいただくからである。
 二日、三日、四日、と数えるときの日(か)という読み方も、ケと関係がある。まさに毎日の日常がケの日であるからだ。
 ところが、一日【ついたち】だけは日【か】とは読まない。一日【ついたち】とは、月の初めで月が立つから月立ちで、それがつまって「ついたち」となったとする説もあるが、本当は、「つい居る(かしこまるという意味)」という言葉に関係があって、物忌の日のことである。つまり、一日【ついたち】だけは、ほかの日【か】(ケ)の日とは違い、物忌の日、ハレの日という意味である。
 ケに関係のある言葉には、「けだるい」「けがらわしい」「ケチ」「けったいな(関西弁)」などがあるが、あまり良い意味の言葉はない。
 これに対し、ハレの場合は、「晴れる」「春」「張る(広がる、ふくらむ、伸びる、芽が出るなどの意味)」などのように、めでたい言葉が多い。しかしそれは一面でのことで、他面では、「気を張る」というような物忌の緊張感を示す言葉もある。ハレの日とは、この両面を兼ねそなえたものであることを忘れてはならない。この両面の性質をもったハレの日のときの感動をそのまま表現した言葉が、「あはれ」であり、「あっぱれ」である。

 また、ハレと関係のある言葉が、必ずしもめでたい言葉ばかりでないのと同様に、ケと関係のある言葉の中にも、「寒気がする」「気配」などのような意味深長な言葉もある。
 この気【け】というのは、「張る」というのがハレる前の緊張感を示したように、ハレの日に魂をさずかって、日常のケの生活に戻るときの魂の充足感を示すものである。したがって、ハレとケとのこのような一つの循環は、突然ハレの日のようなめでたい日がやって来ることを意味しない。それは、いやおうなく犯さざるをえない罪・穢に耐えうる魂の再生と復活とにとって必然的なサイクルである。(『神道入門』より)

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2016年5月23日 (月)

「蚊」にも天敵がいる!

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が、憎い。
せめて痒くなければ許してやるのに、なんでわざわざ痒くするのか

その上、マラリアなどの伝染病を媒介するというのだから、始末に負えない。
いよいよもってどうしようない生き物だ。
殺生戒を実践する仏僧に、ぜひ蚊をすべて引き受けていただきたいものだ。

それにしても、たかが「蚊」ではないか。
なんで、人類はいつまでもその跳梁を許しておくのかね?
いまだに有効な対処法が蚊取り線香(などのたぐい)と蚊帳(かや)だというのだから情けない。

ところで、蚊にも「天敵」がいる
ボウフラは、メダカが喰う。
成虫の蚊は、トンボが喰うのだ。

メダカとトンボ──これこそ、日本の原風景につきものの愛すべき生き物たちだ。
小川にはメダカが泳ぎ、野原や田圃にトンボが飛び交う。そして蚊は彼らの餌になる。
我らの祖先たちは、その環境で暮らしのバランスを取っていた。
メダカとトンボがいなくなる時は、人類が消え去る時かもしれない

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2016年5月18日 (水)

伊勢志摩サミット開催記念 講談社

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2016年5月13日 (金)

人生訓

これまで私は多くの人物に会った。
そして分かったことがある 。
この世のものとも思えぬほどに美しい作品、高邁なる思想、明晰な哲学、究極の真理を生み出す者は、ほぼすべて悪人である。
善人は、言うこと 為すこと、呆れるほどつまらない。
──おかげで私は、退屈しない人生を送っている。

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2016年5月11日 (水)

さらば、白扇。

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2016年5月 8日 (日)

地球上で最も人間の命を奪っている凶悪殺人生物とは?

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ご覧の通り、

2位は「人間」で、

1位は「蚊」でありました。

蚊に刺されぬよう、くれぐれもご用心。

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