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2015年6月21日 (日)

「蚊」にも天敵がいる!

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が、憎い。
せめて痒くなければ許してやるのに、なんでわざわざ痒くするのか

その上、マラリアなどの伝染病を媒介するというのだから、始末に負えない。
いよいよもってどうしようない生き物だ。
殺生戒を実践する仏僧に、ぜひ蚊をすべて引き受けていただきたいものだ。

それにしても、たかが「蚊」ではないか。
なんで、人類はいつまでもその跳梁を許しておくのかね?
いまだに有効な対処法が蚊取り線香(などのたぐい)と蚊帳(かや)だというのだから情けない。

ところで、蚊にも「天敵」がいる
ボウフラは、メダカが喰う。
成虫の蚊は、トンボが喰うのだ。

メダカとトンボ──これこそ、日本の原風景につきものの愛すべき生き物たちだ。
小川にはメダカが泳ぎ、野原や田圃にトンボが飛び交う。そして蚊は彼らの餌になる。
我らの祖先たちは、その環境で暮らしのバランスを取っていた。
メダカとトンボがいなくなる時は、人類が消え去る時かもしれない

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2015年6月14日 (日)

「生前指示書」を書いた。(再録)

 指示書

  私、戸矢学は「医療死」を好まず「自然死」を望むため、以下の四項を必ず守ってください。

    一、人工透析はおこなわないこと。

    一、飲食物の経口摂取が不能になったなら、
    介護・医療の方法によって強制摂取させないこと。
      とくに胃瘻、経管栄養、中心静脈栄養、末梢静脈輸液はおこなわないこと。

    一、ひとたび心肺が停止したなら、心肺蘇生術は施さないこと。

    一、人工呼吸器は装着しないこと。
      もし手違いで装着されてしまった場合には、
    改善の見込みがないと判断されたならただちに外すこと。

                                                平成二十四年五月二十四日
                                                                    戸矢 学(直筆で記名・捺印)

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2015年6月 6日 (土)

諏訪と物部

 長野県の守屋社は、諏訪大社本宮との関わりがあるとも言われているが、真相は不明だ。諏訪大社本宮は拝殿のみで本殿を持たない古式の神社として知られている。奈良県の大神神社や埼玉県の金鑽神社と同様、背後の山そのものを御神体として祀っている。大神神社は三輪山、金鑽神社は御室ヶ嶽(金華山)であるが、諏訪大社本宮の神体山は驚くべきことに「守屋山」という(神社側では宮山とのみ称している)。
 また、諏訪の社家は大祝と神長とがあり、神長官は守矢氏であって、歴代社家である。このような事実関係から、上伊那郡高遠町の守屋社は諏訪の奥宮という説もあるが、残念ながら地元では蔑(ないがし)ろにされている。地元の人からの伝聞ではあるが、守屋社に雨乞いをし、叶わぬ時には石祠を転がり落としたり、はなはだしきは小便をかけたりしたという。また、ここには諏訪地方の神社の特徴である「御柱(おんばしら)」がない。どんな神社にも御柱を建ててしまう諏訪人の気質を考えると、たとえ小祠といえども関わり深い神社に御柱がないのはむしろ違和感を感じさせる。
 諏訪大社の創建は物部守屋敗死よりはるかに古いのは言うまでもないが、おそらくは石上系の物部氏族が神主として加わり、その氏祖を祀ったことによると思われる。諏訪神・タケミナカタは怨霊神であるので、相通ずる中央への反骨心を守屋の怨霊に体現させたのかもしれない。
 なお、神社ではないが、長野県を代表する寺院の善光寺も物部守屋に由縁の伝承がある。本堂は一〇八本の柱によって支えられているのだが、すべて円柱の中で唯一大黒柱のみが角柱で、これは別名「守屋柱」と呼ばれている。柱の下には物部守屋の首が埋設されていると伝えられる。また、善光寺の本尊は、そもそも物部守屋が蘇我馬子の寺を破壊して、仏像を難波の堀江に棄てたものを(本書十九頁参照)本田善光なる者が拾い上げて持ち帰ったのに始まると伝えられる。──ただ、善光寺は十一回も全焼しているので、どこまで事実か判然しないが、少なくとも長野という地域が物部と何らかの関わりを持っていたであろうことは教えてくれる。(『怨霊の古代史』河出書房新社刊 より)

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