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2015年2月24日 (火)

三輪明神縁起──「由緒」より

「当神社の神体山三輪山に鎮り坐す御祭神大物主大神は、世に大国主神(大黒様)の御名で広く知られている国土開拓の神様でありまして、詳しくは倭大物主櫛甕魂命と申し上げます。古典の伝えによりますと、神代の昔少彦名命と協力してこの国土を拓き、農、工、商、すべての産業開発、方除、治病、禁厭(まじない)、造酒、製薬、交通、航海、縁結び等世の中の幸福を増進することを計られました人間生活の守護神であらせられます。
後にこの神様は、御自らの御思召しによりまして、その御魂(幸魂、奇魂)をこの三輪山(三諸の神奈備)に永くお留めになり、それ以来、今日まで三輪山全体を神体山として奉斎しております。それ故に、神殿を持たない、上代の信仰の形をそのままに今に伝えている我国最古の神社であります。
この三輪の地は古く大和の文化の発祥の地で政治、経済、文化の中心地でもありました。三輪山麓を東西に流れる初瀬川の水路の終点に、日本最古の市場であります海石榴市が八十のちまたとして開け、又、南北に走る日本最古の産業道路である山の辺の道と共にこの三輪の地は交通の要所ともなったのであります。
第十代崇神天皇の御代には文化も全盛を極め、更に中古からは大和国の一の宮となり、二十二社の一つとして上下民衆の厚い信仰を集めてまいりました。又中世に於ては「三輪流神道」と申します特殊な宗教哲学が生まれ、上古以来の信仰に一つの組織と哲学とを添えることになりました。
この三輪山は昔から倭青垣山、また三諸山、神岳(かみやま)、神山(みわやま)、などと申しまして、円錐型の周囲十六粁(四里)、面積350ヘクタール(約百万坪)の秀麗な山であります。古くから万葉集をはじめ色々な歌集に詠われ、山そのものが神殿であり、神霊がお鎮まりになるという所謂御神体山として崇ばれて参りました。又、古来、このお山の中心をなすものは古杉でありまして、「みわの神杉」と申し大変有名であります。『枕草子』の中で清少納言が「やしろはすぎの御社、しるしあらむとをかし」と云っておる程ですから、当時は「すぎの御社」と申してこのお山の杉がいかに有名であったかがうかがわれます。
三輪山をしかもかくすか雲だにも心あらなむかくさふべしや(万葉集)
いまつくる三輪のはふりの杉社すぎにしことはとはずともよし(金槐集)
杉か枝をかすみこむれどみわの山神のしるしはかくれざりけり(千載集)
味酒を三輪の祝がいはふ杉手触りし罪か君に遇ひがたき(万葉集)」

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2015年2月 4日 (水)

「支那(しな)」という表記について

「支那(china)」という表記は、一般に「中国」と呼ばれている地域の正しい通史用語です。

「中国」という表記は近代になって用いられるようになったもので、古代を含む歴史を語るには不適当です。

「支那」は日本ではすでに平安時代から用いられておりますが、国際的にも紀元前後から近似発音として用いられており、英語のchinaの語源ともなったことから現在では国際的な共通語です。一部の人が「支那」を差別用語としていますが、そのような意味合いはまったくありません。参考までに各国語を挙げておきます。

China(シナ)=オランダ語

China(シナ)=ポルトガル語

China(チナ)=スペイン語

China(ヒナ)=ドイツ語

Chine(シーヌ)=フランス語

Cina (チナ)=イタリア語

したがって、現在の中華人民共和国に相当する地域を通史的には「支那(china)」と表記すべきでしょう。

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