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2015年1月21日 (水)

死して神となる日本人

「神道は、すべての人が死しては神になるという思想である。つまり私の先祖もあなたの先祖も誰もが皆、代々死しては神となって祀られているということだ。
 この思想は古来、日本人の民族思想として貫かれてきたものだ。
 中世から戦国期にかけては、一部の人々が仏教に帰依するものの、依然として日本民族の基軸思想は神道(随神道(かんながらのみち))にあった。その証左が全国にくまなく鎮座する神社である。
 ただ、例外は江戸期の一六六四年から明治維新までの二百年余である。この間の数代が、死しても神になれなかった。というのも、周知のように総人口の九割以上が幕府によって檀家制度・寺請制度を強制されたため、死すればホトケになるものとされたからである。
 しかし明治五年、神仏分離令の発布により再び古式に復することとなる。

 こうして継承されて来た神道の思想によれば、記・紀の神々も同様に、私たちの祖先であって、死して後に神として祀られたと考えるのが当然というものだろう。
 もしそれを「観念上の神」とするなら、かえって私たちの血脈をそこで途絶えさせることになる。
 私たちは祖先を敬うという民族気質・民族文化を保有しており、いつの時代においてもそうであったはずである。もちろん古代においても祖先を敬った。その祖先とは観念ではなく、文字通り血脈の祖先である。私たちの血脈は、ある時突然発生したはずもなく、もちろん観念から産まれたわけではなく、当然ながらどこまでも続く血脈である。
 そして、この思想を大前提とすることによって、神話の中に少なくない系譜不詳の神々もその姿がよりはっきりと見えてくることになる。ヒルコはさしずめ、その第一番手であろう。天神でありながら流され棄てられた神とは誰なのか。
 神々は実在したという前提から考えると、日本神話の中の多くの真相が見えてくる。」(増補・新版『ヒルコ 棄てられた謎の神』河出書房新社 より)

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