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2015年1月30日 (金)

松岡正剛の「ヒルコ」論

エビスさんはいつ七福神に入ったのか 「恵比寿・大黒」の由来から「福神」の力まで 

松岡正剛

http://www.sankeibiz.jp/express/news/150105/exg1501051420006-n1.htm

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2015年1月23日 (金)

戸矢学のホームページ・アドレスが変わりました。

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公式サイト「戸事記」は本日よりこちらになります。
よろしくお願いいたします。


戸事記
http://toyamanabu.jimdo.com

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2015年1月21日 (水)

死して神となる日本人

「神道は、すべての人が死しては神になるという思想である。つまり私の先祖もあなたの先祖も誰もが皆、代々死しては神となって祀られているということだ。
 この思想は古来、日本人の民族思想として貫かれてきたものだ。
 中世から戦国期にかけては、一部の人々が仏教に帰依するものの、依然として日本民族の基軸思想は神道(随神道(かんながらのみち))にあった。その証左が全国にくまなく鎮座する神社である。
 ただ、例外は江戸期の一六六四年から明治維新までの二百年余である。この間の数代が、死しても神になれなかった。というのも、周知のように総人口の九割以上が幕府によって檀家制度・寺請制度を強制されたため、死すればホトケになるものとされたからである。
 しかし明治五年、神仏分離令の発布により再び古式に復することとなる。

 こうして継承されて来た神道の思想によれば、記・紀の神々も同様に、私たちの祖先であって、死して後に神として祀られたと考えるのが当然というものだろう。
 もしそれを「観念上の神」とするなら、かえって私たちの血脈をそこで途絶えさせることになる。
 私たちは祖先を敬うという民族気質・民族文化を保有しており、いつの時代においてもそうであったはずである。もちろん古代においても祖先を敬った。その祖先とは観念ではなく、文字通り血脈の祖先である。私たちの血脈は、ある時突然発生したはずもなく、もちろん観念から産まれたわけではなく、当然ながらどこまでも続く血脈である。
 そして、この思想を大前提とすることによって、神話の中に少なくない系譜不詳の神々もその姿がよりはっきりと見えてくることになる。ヒルコはさしずめ、その第一番手であろう。天神でありながら流され棄てられた神とは誰なのか。
 神々は実在したという前提から考えると、日本神話の中の多くの真相が見えてくる。」(増補・新版『ヒルコ 棄てられた謎の神』河出書房新社 より)

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2015年1月10日 (土)

元旦に北極星を礼拝する天皇

  北極星を信仰の中心としたのは道教であり、またその原理を取り込んで日本独自に成立した陰陽道である。
 現代人には馴染みが薄くなってしまったが、今なお天皇との関わりは浅からぬものがある。とくに、天皇御一人においておこなわれる祭祀に今もなお、はっきり伝わっている。これを四方拝(しほうはい) という。
  四方拝とは、正月元旦に、天皇がおこなう陰陽道の祭祀である。
  旧暦一月一日 の寅の刻(午前四時頃)、天皇は黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)という黄色の朝服(ちょうふく)を着用し、清涼殿の東庭に出御する。
  天皇はまず北に向かい、自らの属星(ぞくしょう)を拝する。
  属星(ぞくしょう)とは、陰陽道では、誕生年によって定める北斗七星の中の一つの星で、その人の運命をつかさどる命運星のことである。以下のように生まれ年で北斗七星の命運星が決まる。
 午年    →破軍(はぐん)星
 巳・未年→武曲(ぶごく)星
 辰・申年→廉貞(れんてい)星
 卯・酉年→文曲(もんごく)星
 寅・戌年→祿存(ろくそん)星
 子年    →貪狼(どんろう)星
 丑・亥年→巨門(こもん)星
  この中の自身の星を最初に拝するのだ。
  そして次ぎに天を拝し、西北に向かって地を拝し、それから四方を拝し、山陵を拝する。
  このとき天皇は以下の呪言を唱える。

  賊寇(ぞくこう)之中(しちゅう)過度(かど)我身(がしん)、毒魔(どくま)之中(しちゅう)過度(かど)我身(がしん)、毒気(どくけ)之中(しちゅう)過度(かど)我身(がしん)、毀厄(きやく)之中過度我身、
  五鬼六害(ごきろくがい)之中過度我身、五兵口舌(ごひょうくぜち)之中過度我身、厭魅(えんみ)咒咀(じゅそ)之中(しちゅう)過度(かど)我身(がしん)、
  百病(ひゃくびょう)除癒(じょゆ)、所欲随心(しょよくずいしん)、急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)。

  最後の「急々如律令」は、陰陽道独特の呪文である。漫画や映画でも、安倍晴明がしばしば唱えていたので、ご記憶のむきも少なくないだろう。
  片手か両手で印を組んで唱えれば良い。意味は、強いて言えば「急ぎ律令のように厳しくせよ」といったところだが、実際の使われ方とはあまり関係はない。呪文とはそうしたもので、文言が一人歩きする。
  この前段に並んでいる文言も、多少の異動はあるが一千年以上使われてきている呪文である。字面の通り、賊や毒や危害、病気、苦悩などの排除を祈念するものであるが、文法的には省略されて、やはり呪文化している。
  なお発音は参考までにルビをふったが、本来我々の容喙(ようかい)すべからざる領域のことであって、みずから唱えるただ上(かみ)御一人のみの知るところである。四方拝とは、そういうものだ。天皇より他におこなうことはなく、天皇のみおこなうことができる特別な祭祀である。明治以後は、皇室祭祀令によって規定され、皇室祭祀令が廃止された戦後においても、それに准じて行われている。
  元旦の午前五時半に、黄色の束帯を着用して、宮中三殿の西側にある神嘉殿の南の庭に設けられた建物の中で、伊勢の内宮と外宮、すなわち皇大神宮と豊受大神宮に向かって拝礼した後に、四方の諸神を拝するように改められた。むろん寺院は一切対象外である。
  戦前は国家祭祀としておこなわれて四方節と呼ばれ、祝祭日の中の四大節の一つとされていたが、戦後は天皇家の私的な祭祀として、しかし往古のままに執りおこなわれている。天皇にとって、北極星・北斗七星は古来特別のものなのだ。
(『ヒルコ 棄てられた謎の神(増補新版)』河出書房新社 より)

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2015年1月 6日 (火)

拙著『ニギハヤヒ』がAmazonの「伝承・神話」部門でベストセラー1位に!

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