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2014年11月 5日 (水)

富士山の秘密──記・紀に登場しない〝神の山〟、秘められた究極の謎を解く

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 富士山は、実は『古事記』にも『日本書紀』にも、まったく出てきません。
 不二山、不死山、不尽山、福慈山など別名も含めて皆無です。
 存在したという気配さえもありません。 
 日本人なら、この「事実」に驚かない人はいないでしょう。
 日本および日本人の歴史・文化は「富士山と共にある」と思っているからですよね。しかも、それはまぎれもない「事実」だからです。
 富士山と共に歩んできた日本・日本人という事実と、記・紀に登場しないという事実──この矛盾、一体全体どうしたことでしょう? 何が起きたというのでしょう?

 富士山が現在のような美しい山容(姿形)となったのは、おおよそ一万年前とされているので、記・紀が成立した当時──八世紀には、日本国内ではあまねく知られていたことは間違いありません。
 そればかりか、海の向こうにさえもかなり古くからその存在は伝わっていたようです。おそらく紀元前に、すでに大陸沿岸部や半島には知られていたと考えられます。

 しかしなぜか、わが国の最古の史書である記・紀は完全に無視しているのです。
 記・紀が編纂された時代は八世紀ですから、「知らなかった」などとは到底考えられません。
 ということは、「知っていたのに記載しなかった」のでしょう。
 現に、同時代の歌を集めた『万葉集』には富士山が数多く歌われているのです。

 田子の浦ゆうち出でてみれば真白にそ富士の高嶺に雪は降りける
 
 ほぼすべての学校教科書に掲載されている山部赤人(やまべのあかひと)の歌です。
 ちょっと編集したものが『百人一首』にも入っているので、皆さんお馴染みですね。
 赤人は天平八(七三六)年頃に没したとされるので、それ以前の歌ということになります。
『万葉集』では、他にも数多くの歌に富士山は詠まれています。
 また、ほぼ同時代の養老年間(七一七~七二二)に成立した『常陸国風土記』には「福慈岳(ふじのたけ)」と記載されていて、富士山にまつわる神話が紹介されています。
 いずれも、当時の日本人が富士山の存在をよく知っていたという証しです。

 それなのに記・紀は一切触れていません!
『古事記』は七一二年、『日本書紀』は七二〇年の成立ですから、万葉や風土記と同時代なのに、です。
 これはいったいどうしたことなのでしょう。
 ヤマトタケルは、『古事記』は相模で、『日本書紀』は駿河で火攻めに遭遇して草薙剣で薙ぎ払って窮地を脱するという有名なエピソードが記・紀それぞれ語られます。しかし、どちらも富士山は出てきません。ヤマトタケルの視界にイヤでも入っていたはずなのに、です。
 富士山本宮浅間大社の祭神であるコノハナサクヤヒメは、オオヤマツミの娘として、またニニギの妻として記・紀ともに登場しますが、富士山との関わりは一切出てきません。
 いずれも、なんとも〝不自然〟ではありませんか。どちらも〝意図的に〟避けているとしか思えませんね。(『富士山、2200年の秘密』まえがき より)

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