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2014年11月20日 (木)

諏訪と縄文の関係は遠くて近い

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 伊勢と出雲の遷宮で神道の大イベントはピークを迎えたが、さらにもう一つ大きなイベントが二年後に控えている。二〇一六年・申年、六年に一度の「諏訪大社の御柱(おんばしら)祭」である。正式には「式年造営御柱(みはしら)大祭」という。全国でも最大級の盛大な祭りだ。
 諏訪大社は、諏訪湖を挟んで上社(かみしや)の前宮(まえみや)・本宮(ほんみや)、下社(しもしや)の春宮(はるみや)・秋宮(あきみや)、計四社で構成されるが、四社一括で「諏訪大社」と呼ばれる珍しい祭祀形態を採っている。しかも四社のうち三社は、拝殿のみで、本殿がない(唯一ある本殿も、本来のものとは異なる)。では、何を拝んでいるのかというと、拝殿の向こうにある山や樹木や岩石を拝んでいる。これは神道以前の、最も古い信仰形態だ。その祭りが、いまなおますます盛大なのだ。

 諏訪には弥生時代以降に成立した神道と、それ以前に縄文時代から連綿と続く土俗信仰が共存併存、あるいは融合混合して、なんとも不可思議な状態にある。
 諏訪信仰は長野県諏訪に鎮座する諏訪大社を総本社とし、諏訪大社から分祀勧請された諏訪神社は全国に約五〇〇〇社に上る。わが国屈指の大信仰だ。
 日本全国の市町村の数は一七四二だから、おおよそその三倍の数になる。一つの市町村に平均三社ということで、つまり、あなたの住んでいる町にも二つや三つの諏訪神社があるはずなのだ。──その諏訪信仰が〝縄文〟を継承しているのなら、私たちは常に〝生きて脈打っている縄文文化〟と身近に接していることになる。これは、ちょっと新鮮な感覚ではないか。(『諏訪の神』まえがき より)

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