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2014年11月27日 (木)

新潮社『SINRA』1月号の書評に感謝!

Sinra

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2014年11月23日 (日)

馬琴はヒルコを「北極星」ととらえた

 曲亭馬琴といえば『南総里見八犬伝』であまりにも有名なので「戯作者」あるいは「読本作者」とのみ思いがちだが、実は歴史考証について造詣が深い。
 随筆の類を見ると驚くべき博覧強記で、その裏付けがあればこその伝奇名作の数々と思われる。
 一般にはほとんど知られていない随想『玄同放言』に、ヒルコについての興味深い考証がある。

「書紀に、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冊尊(いざなみのみこと)、大八州国(おほやしまのくに)、及(また)山川草木を生み給ひて、更に日の神大日〓貴(おほひるめのむち)を生み、次に月の神月夜女尊(つきよみのみこと)を生み、次に蛭児(ひるこ)を生み、次に素戔嗚尊(すさのおのみこと)を生み給ふ段、(※〓の字は、靈の巫が女に置き換えられたもの。和字。)
日の神・月の神のうえへは、理(ことわり)よく聞えたれども、蛭児素喰戔嗚は、何(いか)なる神といふよしを誌(しる)されず。
 後に史を釈(とく)もの、亦発明の弁なし。按ずるに、蛭児(ひるこ)は、日子(ひるこ)なり。
 天慶六年日本紀竟宴の歌に、蛭児をひるの子と詠(よめ)り。
 毘留能古(ひるのこ)即(すなわち)日之子也、ひほ音通へり、日子(ひるこ)は星なり、星をほしと読するは、後の和訓(やまとよみ)にして、この訓はじめて、仁徳紀に見えたり。
 当初(そのかみ)星をひる子とも、約(つづめ)てひこともいへるなるべし。」(改行は筆者による)

 天慶六年は西暦で九四三年、その六月に「日本紀竟宴」の記録が見える。
 この当時には、どうやら「蛭児は日子」と認識されていたようだ。
 しかも、「星」の謂いである。
 大日?貴(アマテラス)が太陽で、月夜女尊(ツクヨミ)が月であるならば、蛭児(ヒルコ)はどの星を体現するのか。

「かゝれば蛭児は星の神なり、星といふともその員(かず)多かり、是を何(いずれ)の星ぞといふに、蛭児は即(すなわち)北極なり。
 この故に、已(すで)ニ三歳(みとせ)ニナルマデ、脚(あし)猶(なお)立タズ、故(かれ) 之ヲ天盤橡樟船(あめのいわくすふね)ニ乗セテ、順風(かぜのまにまに)放棄(とくはなつ)といへり。
 論語(陽貨篇)孔子ノ曰、子生レテ三年、然後ニ父母之懐ヲ免(はなる)、その三歳まで立たざるものは、必(かならず)?弱(おうじやく)不具なるをいふなり、」

  ヒルコは「北極星」であると馬琴はいう。(増補新版『ヒルコ 棄てられた謎の神』河出書房新社 より)

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2014年11月20日 (木)

諏訪と縄文の関係は遠くて近い

Suwa01


 伊勢と出雲の遷宮で神道の大イベントはピークを迎えたが、さらにもう一つ大きなイベントが二年後に控えている。二〇一六年・申年、六年に一度の「諏訪大社の御柱(おんばしら)祭」である。正式には「式年造営御柱(みはしら)大祭」という。全国でも最大級の盛大な祭りだ。
 諏訪大社は、諏訪湖を挟んで上社(かみしや)の前宮(まえみや)・本宮(ほんみや)、下社(しもしや)の春宮(はるみや)・秋宮(あきみや)、計四社で構成されるが、四社一括で「諏訪大社」と呼ばれる珍しい祭祀形態を採っている。しかも四社のうち三社は、拝殿のみで、本殿がない(唯一ある本殿も、本来のものとは異なる)。では、何を拝んでいるのかというと、拝殿の向こうにある山や樹木や岩石を拝んでいる。これは神道以前の、最も古い信仰形態だ。その祭りが、いまなおますます盛大なのだ。

 諏訪には弥生時代以降に成立した神道と、それ以前に縄文時代から連綿と続く土俗信仰が共存併存、あるいは融合混合して、なんとも不可思議な状態にある。
 諏訪信仰は長野県諏訪に鎮座する諏訪大社を総本社とし、諏訪大社から分祀勧請された諏訪神社は全国に約五〇〇〇社に上る。わが国屈指の大信仰だ。
 日本全国の市町村の数は一七四二だから、おおよそその三倍の数になる。一つの市町村に平均三社ということで、つまり、あなたの住んでいる町にも二つや三つの諏訪神社があるはずなのだ。──その諏訪信仰が〝縄文〟を継承しているのなら、私たちは常に〝生きて脈打っている縄文文化〟と身近に接していることになる。これは、ちょっと新鮮な感覚ではないか。(『諏訪の神』まえがき より)

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2014年11月16日 (日)

万葉集の歌に詠まれた「ツクヨミ」

 単純に「月」の擬人化としてツクヨミと呼ぶものと(祭神名にはない表記を用いている)、「月神」としてのものと二種見られる。

 月讀の 光に来ませ 足疾(あしひき)の 山を隔だてて 遠からなくに(巻第四の六七〇)
 月讀の 光は清く 照らせれど 惑へる情(こころ) 堪へじとぞおもふ(巻第四の六七一)
 天(あめ)に座す 月讀壮士(つくよみをとこ) 幣(まひ)はせむ 今夜(こよひ)の長さ 五百(いほ)夜継(よつ)ぎこそ(巻第六の九八五)
 海原の 道遠(とほ)みかも 月讀の 明(あかり)少なき 夜は更けにつつ(巻第七の一〇七五)
 み空往(ゆ)く 月讀壮士(つくよみをとこ) 夕(ゆふ)去らず 目には見れども 因(よ)る縁(よし)もなし(巻第七の一三七二)
 天橋(あまはし)も 長くもがも 高山(たかやま)も 高くもがも 月夜見の 持てる越水(をちみづ) い取り来て 公に奉りて 越(をち)得じむかも(巻第十三の三二四五)
 月余美の 光を清み 神島の 磯海(いそま)の浦ゆ 船出すわれは(巻第十五の三五九九)
 月余美の 光を清み 夕凪(ゆふなぎ)に 水手(かこ)の声呼び 浦海(うらま)漕ぐかも(巻第十五の三六二二)

(澤瀉久孝『新校萬葉集』より 書き下しは筆者)(『ツクヨミ・秘された神』参照)

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2014年11月15日 (土)

新刊の予約開始! 『諏訪の神…封印された縄文の血祭り』 河出書房新社

御柱祭で知られる諏訪大社は特異な神社である。諏訪、御柱、モレヤ神、ミシャグジ、縄文の五大キーワードから信仰に迫る。

Suwa01

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2014年11月11日 (火)

インフルエンザワクチンは打たないで!【常識はウソだらけ】

http://matome.naver.jp/odai/2136722192815769401

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IMFの「日本再建プログラム=ネバダ・レポート」…これが財政破綻後の日本の姿!?

IMF(国際通貨基金)は、日本の財政破綻を見越して、すでに「日本再建プログラム=ネバダ・レポート」を作成している。

① 公務員の総数の30%カット、及び給料30%のカット、ボーナス全てカット
② 公務員の退職金は100%すべてカット
③ 年金は一律30%カット、
④ 国債の利払いは、5~10年間停止
⑤ 消費税を20%に引き上げ
⑥ 所得税の課税最低限を年収100万円まで引き下げ
⑦ 資産税を導入して不動産には公示価格の5%を課税、債権・社債については5~15%の課税、株式は取得金額の1%を 課税。
⑧ 預金は一律1000万以上のペイオフを実施し、第2段階として預金額を30%~40%財産税として没収する。

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2014年11月 8日 (土)

生涯の、わが酒量

Fujisan001

 一日平均3合の酒を呑むと、一年で1095合になる。
すなわち197リットル。
ドラム缶が約200リットルだから、ほぼそれくらいの量を毎年呑んでいることになる。

多いと言えば多いが、少ないと言えば少ない。

生涯に60年間呑み続けるとして、ドラム缶60本。
1万2000リットルである。

25mプールの容量が、約40万リットルだから、その30分の1にも達しない。
そう考えるとたいした量ではないよなあ。
人体の卑小さを思い知らされる数字だ。

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2014年11月 5日 (水)

富士山の秘密──記・紀に登場しない〝神の山〟、秘められた究極の謎を解く

Fujisan001

 富士山は、実は『古事記』にも『日本書紀』にも、まったく出てきません。
 不二山、不死山、不尽山、福慈山など別名も含めて皆無です。
 存在したという気配さえもありません。 
 日本人なら、この「事実」に驚かない人はいないでしょう。
 日本および日本人の歴史・文化は「富士山と共にある」と思っているからですよね。しかも、それはまぎれもない「事実」だからです。
 富士山と共に歩んできた日本・日本人という事実と、記・紀に登場しないという事実──この矛盾、一体全体どうしたことでしょう? 何が起きたというのでしょう?

 富士山が現在のような美しい山容(姿形)となったのは、おおよそ一万年前とされているので、記・紀が成立した当時──八世紀には、日本国内ではあまねく知られていたことは間違いありません。
 そればかりか、海の向こうにさえもかなり古くからその存在は伝わっていたようです。おそらく紀元前に、すでに大陸沿岸部や半島には知られていたと考えられます。

 しかしなぜか、わが国の最古の史書である記・紀は完全に無視しているのです。
 記・紀が編纂された時代は八世紀ですから、「知らなかった」などとは到底考えられません。
 ということは、「知っていたのに記載しなかった」のでしょう。
 現に、同時代の歌を集めた『万葉集』には富士山が数多く歌われているのです。

 田子の浦ゆうち出でてみれば真白にそ富士の高嶺に雪は降りける
 
 ほぼすべての学校教科書に掲載されている山部赤人(やまべのあかひと)の歌です。
 ちょっと編集したものが『百人一首』にも入っているので、皆さんお馴染みですね。
 赤人は天平八(七三六)年頃に没したとされるので、それ以前の歌ということになります。
『万葉集』では、他にも数多くの歌に富士山は詠まれています。
 また、ほぼ同時代の養老年間(七一七~七二二)に成立した『常陸国風土記』には「福慈岳(ふじのたけ)」と記載されていて、富士山にまつわる神話が紹介されています。
 いずれも、当時の日本人が富士山の存在をよく知っていたという証しです。

 それなのに記・紀は一切触れていません!
『古事記』は七一二年、『日本書紀』は七二〇年の成立ですから、万葉や風土記と同時代なのに、です。
 これはいったいどうしたことなのでしょう。
 ヤマトタケルは、『古事記』は相模で、『日本書紀』は駿河で火攻めに遭遇して草薙剣で薙ぎ払って窮地を脱するという有名なエピソードが記・紀それぞれ語られます。しかし、どちらも富士山は出てきません。ヤマトタケルの視界にイヤでも入っていたはずなのに、です。
 富士山本宮浅間大社の祭神であるコノハナサクヤヒメは、オオヤマツミの娘として、またニニギの妻として記・紀ともに登場しますが、富士山との関わりは一切出てきません。
 いずれも、なんとも〝不自然〟ではありませんか。どちらも〝意図的に〟避けているとしか思えませんね。(『富士山、2200年の秘密』まえがき より)

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2014年11月 4日 (火)

「アスカ」は「清浄な地」という意味

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「アスカ」という呼び名の語源は、清浄な地を意味する「スガ」に接頭語の「ア」が付いたものだ。
だから明日香や阿須賀など様々な表記のアスカが全国各地にある。
その地域の清浄神聖な場所がアスカと呼ばれているのだ。
だからアスカには神社が建てられている例が少なくない。
なかでも大和国(奈良県)の明日香(飛鳥)は特別で、
ここには古代の宮都(皇居・首都)が営まれて、
百年余にわたって統一国家ヤマトの中心地であった。
この時を「飛鳥時代」という。
ちなみにアスカというヤマト音に「明日香」という漢字を充てたのが最も古く、
その後奈良時代に「地名は好字二字」とするように通達がなされて「飛鳥」に代えたものだ。
言うまでもないが飛鳥は音読みでは「ひちょう」、
訓読みでは「とぶとり」であって、「あすか」とは読まない。
大和を「やまと」と読ませるのと同じで、日本固有の語彙、すなわち和語である。
明日香の枕詞が「飛ぶ鳥」であったことから選ばれたものだ。

怨霊の古代史』河出書房新社 より

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2014年11月 3日 (月)

松尾たいこ著、戸矢学監修の『古事記ゆる神様100図鑑』と、戸矢学著、松尾たいこカバーイラストの『富士山、2200年の秘密』。どちらもカテゴリー別ランキングでベストセラー1位。ありがとうございます!

https://twitter.com/yatayane/status/529064295095468033

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