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2014年10月 5日 (日)

「大化の改新」の真相──ゆがめられた歴史を解読する

 「乙巳の変」についての日本人一般の知識は、教科書や教則本で学んだ「統一見解」「共通認識」で固定されているのではないか。すなわち、「中大兄皇子と中臣鎌足による腐敗政治の刷新」である。以前はこのクーデターそのものを「大化改新」と呼んでいたほどだ。
 中大兄皇子は天智天皇となり、現在に至る天皇家の直接の祖となっている。
 中臣鎌足は、藤原姓を下賜されて藤原鎌足となり、日本の歴史上最も栄えた一族・藤原氏の祖となっている。
 つまり、乙巳の変の首謀者二人の子孫が、以後の日本の主役になるのであって、いわば「主役交代」の瞬間なのである。まぎれもなく日本史上のクライマックスの第一だろう。

  乙巳の変の瞬間まで、蘇我氏は稲目、馬子、蝦夷、入鹿と四代に亘って栄耀栄華を極めてきた。稲目が大臣となった五三一年頃から乙巳の変で蝦夷・入鹿父子が死ぬ六四五年まで、実に百十年余の長きに亘る。飛鳥は「蘇我氏の時代」と称して誤りはないだろう。
 その権力の源泉は天皇家(大王家)との姻戚関係を構築したことが大きな理由の一つであるが、その概略を列挙してみよう。
  (中略)
 第二十九代から第三十四代に至るまで、実に天皇五代に亘って「蘇我系」である。これは、藤原氏の全盛期を「望月」に例えて謳歌した、かの道長の時代を凌駕するものではないか。これほどの栄耀栄華、権力集中は日本史上稀有である。
  しかも、蘇ってついに頂点をきわめた者が、その最高最上のハレの場でトップが謀殺されるという結末である。怨霊となるにこれほど相応しい資格はちょっと他には見当たらない。
 しかし入鹿が怨霊となって中大兄皇子や中臣鎌足らに祟ったという直接の記事は『日本書紀』にはまったくない。仮にもその類の記事が編述されていたならば、最終の検閲者である不比等によって削除されたであろうし、不比等が編纂責任者となったのはそれこそが目的であったと言っても過言ではないのだ。「歴史は勝者が創るもの」という常識を忘れてはならない。
(『怨霊の古代史』河出書房新社 より)

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