« 2014年6月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月30日 (火)

素晴らしい富士山をありがとうございました!

http://taikomatsuo.kireiblog.excite.co.jp/201409/article_77.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月27日 (土)

サッカーには哲学がない!

600pxsoccer_ball_svg サッカーのコーチも務めているという剣道の師範が、
「サッカーには哲学がないんですよね」と言っていた。
「ただ自分勝手なだけで、困ったスポーツなんですよ」と。

剣道では、一本取った瞬間にガッツ・ポーズをすると、即座にその一本は取り消される。
勝って、奢らず。勝者は敗者を思いやる。──それが哲学だ。
ほんの一例に過ぎないが、「武道」にはそういった哲学が明確に備わっている。

これにに比べると、「スポーツ」というものは教育的にはまことによろしくない。
対戦相手をあざむき、審判をあざむき、勝ちさえすればいいことになっている!
スポーツには道理も美徳もまったくない。卑怯未練な奴がスポーツでは勝者になる!
潔(いさぎよ)いと敗者にさせられてしまう。

サッカー選手の反則は、ともすればコートの外では犯罪行為になるだろう。
しかも、反則を犯しても「やってない」とアピールするのが当たり前で、
審判にさえバレなければ「もうけもの」という思想!
こういうスポーツを学校でおこなってはならないだろう。
やるならば、どこか場末の無法地帯で、一般人立入禁止でおこなうべきではないのか。

サッカーはイギリスで生まれたが、
ケンブリッジ大学にもオックスフォード大学にもサッカー部はない。
「サッカーはワーカー(労働者階級)のものだから」
と、友人のイギリス人がかつて言っていた。
まあ、あの国は貴族階級と労働階級が一目瞭然、姿形で分かってしまうほど文化ギャップの顕著な国だからなぁ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年9月22日 (月)

日本人にとって「懐かしい風景」とは?

Ahaji


 多くの日本人が、懐かしく想う風景がある。
  小川を挟んで田畑が広がり、そこに点在する人家、そして田畑の真ん中のこんもりした森の中か、小高い山の麓には神社、すなわち鎮守(ちんじゆ)の森がある。いわゆる「里山(さとやま)」の風景である。
「村の鎮守の神様の きょうはめでたいお祭り日」
と唱歌に歌われたのはこの里山のある一日のものだ。
 幼い頃に里山で遊んだ記憶は、いまや少数派になりつつあるのかもしれない。しかし依然として里山の風景は、日本人の心の故郷であり、いわば原点である。私たち日本人は、この風景を想う時、切ないほどの慕情(ぼじよう)を掻き立てられるだろう。
 それにしても、なぜ私たちは里山をかくも懐かしく思うのか。実はそこにこそ、日本人の愛国心の秘密がある。
 里山の風景は、実は自然にできたものではない。過疎地の行く末を見れば一目瞭然だが、住む人がいなくなると、たちまち荒れ果てて、見るも無惨な状態になる。
 里山は日本人が長い年月をかけて造り上げた風景である。そしてそこに暮らす人々によって、絶え間なくメンテナンスされていればこそ、その「懐かしき姿」を保ち続けているのだ。
 私の叔父が終戦時に帰還する際、船が日本に近づくにつれて黒々とした陸地が遠望されて「ああ、日本へ帰って来たのだ」としみじみ感じたという。そう、日本の陸地は森林で覆われているので遠望すると「黒々と見える」のだ。それに比べて中国大陸や朝鮮半島はほとんど樹木がない(今は地域によっては植林がおこなわれているところもある)。ことごとく刈り取られてしまって、いわば〟禿げ〝状態であったという。刈り取った後に植林をせずに放置すると、いわゆる「砂漠化」が出来する。
 日本人は樹木を切った後に必ず植林するが、中韓ではそれをおこなわず、砂漠化が進んだ。彼の地は、船上から遠望すると白茶けて見える。これに対して日本の植林はすでに縄文時代からおこなわれており、中韓とは決定的に異なるところだ。
 現在確認できる日本の森は、九十九パーセントが植林によって人為的に造られたものだ。手付かずの原生林は日本列島にはわずか一パーセントしかない。つまり、この風土は、私たちの先祖が長年かけて造り出し維持し続けて来たものなのだ。わが懐かしき里山の風景も、そうして生み出され保たれている。
 そして里山の中心には、必ず鎮守の森、すなわち神社がある。氏神(うじがみ)神社や産土(うぶすな)神社こそは里山の中心だ。人々の生活サイクルは神社を中心にして営まれるのが古くからの形である。このうちに「いかなる神」のおわすかは各地様々であるが、そこに暮らす人々を見守る「神」が鎮座する。随神道(かんながらのみち)とは、こうして継承されてきた「古くて新しい暮らし」のことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月17日 (水)

ショート・ストーリー 「私たちの望むものは…」

 

Shinjuku00_3

 ある日、新宿駅前のロータリーにいつも寝ている“予言者”というあだ名の浮浪者が、突然立ち上がって、おごそかに叫んだ。

「見よ、ビルが森に変わるぞ! 新宿は、いま、古代の姿に還ろうとしているのだ」

 目撃した人によれば、その姿はさながら映画でよく見るイエス・キリストを彷彿させるかのように神々しかったという。まあ、傍へ寄ると、いささか垢まみれで臭かったが-------

 しかしその時は、周囲のほんの数人が振り向いたにすぎない。大部分の人は気にも止めずに通り過ぎて行った。ただ、否が応でも、その数分後にはほとんどすべての人が気づかされることになるのだが。

 後に繰り返し繰り返しテレビで放映されたのですっかりお馴染みになったが、NHKの定点カメラがとらえていた映像は、さながらコンピュータ・グラフィックスのシミュレーションのようである。あの西新宿の高層ビル群が、足元からゆっくりと樹木に変貌して行くのだ! なんとダイナミックでSF的な映像だろう。しかも、これは、現実なのだ。

 そして、巨大な森が、新宿に誕生した。まるでいつ恐竜が顔を出してもおかしくないような、古代さながらの森だ。林立する高層ビル群が、文字通り本物の林、いや森になったのだ。

 変貌直後から行なわれていた学術調査によれば、変貌後の樹木と変貌前のビルとの連関は、断面の面積がほぼ同じであることと、高さがほぼ同じであることの2点である。あとは、まったく似ても似つかない。いずれも紛れもない本物の樹木になってしまった。ちなみに京王プラザホテルはケヤキに、野村ビルはヒノキに、都庁はスギに、その他はなぜかすべてモミノキになっていた。山本周五郎の名作『樅の木は残った』を思い出して、何か意味があるに違いないと考えた人もいたようだが、もちろんなんの関係もなかった。

 いずれにしてもその大変貌は真昼のことであったので、ビルの中には舛添都知事をはじめ多くの人々が働いていた。しかしとにかく、すべては木になってしまったのだ。彼らが果たしてどうなったのか、誰にもわからない。無事生きているとは、とても思えない。これらの人々は、さしずめ殉職ということになるのだろう。

 殉職した人たちには気の毒だが、それらの木々から発散される大量のオゾンで、新宿は他のどこよりも空気がきれいな町になった。しかも木々の根本には野苺や茸が無尽蔵にはえている。さまざまな野鳥もたくさん集まって来る。これは、もしかすると悲劇ではなく、歓迎すべき慶事なのではないだろうか。なにしろ西新宿はこれまでと正反対の“名所”になったのだ。

「も~りへ~行き~ましょ~う、む~すめ~さん、ハハッハ---------

 というノーテンキな歌が一部で流行ったが、すぐに廃れてしまった。

 全国の“森さん”たちがパック・ツアーを組んで続々と“新宿の森”詣でにやって来るという現象も起きた。

「私たちにとって、ここは第二の故郷です」

「森を大切にしようという啓示だと思う」

「生命を育むのは、海と森なのです」

 おおぜいの森さんは異口同音にこう言った。

 ところが政府は“新宿の森”へ入ることをある日突然禁止したのだ。

 ひととおり調査が行なわれて現状は把握できたが、原因がわからないから危険、というのが公式の発表だ。

 ちなみに、池袋ではサンシャインだけがたった一本の巨木となって、ていていとそびえているが、こちらは周囲に何もないので、すぐ傍まで近づける。汐留は少し遅れて“林”になった。

 実はニューヨークでも、同じ頃摩天楼が森になった。そればかりでなく世界中のいわゆる高層ビルという呼び名に相応しいビルは、すべて巨木に変身したらしい。どうやらある一定の高さを超えたものだけが変身したらしいと、国連の学術調査団が発表した。平壌でもたった一本、北京では数本、上海や香港やシンガポールではやはり森状態に、いずれも不思議な威厳を持つ巨木となっているらしい。摩天楼には威圧感があったが、これらの巨木にはある種の神々しい威厳が備わっていたのだ。

 そんな中で、いつ頃からか、まことしやかに「バベルの塔」伝説が巷間に広まって、すぐにでも地球の最後がやって来るかのように言われたが、別にパニックにはならなかった。実際のところ、今回の事件は近親者を失った一部の人を除いて、ほとんどの一般の人々には何の被害もなかったからだ。

 かつてバベルの塔は神の怒りに触れて倒壊したというが、今度は森にすることが、神の意志のようだ。しかしそれが神の怒りなのか、気まぐれのプレゼントなのか誰にもわからない。テレビ、新聞を始めとするマスコミでは連日“有識者”たちに宗教家までが加わってあれこれ論じて、文字通り百家争鳴となったが、結局混迷を増大させているに過ぎない。果たして、この出来事は、何が原因で起きたのか、もしも神の意志であるならば、何を伝えようとしているのか、だれにも答えが出せないようだ。

 そんな中で、一番最初に今回の事件を目撃した新宿駅前の浮浪者が、テレビ局のインタビューに答えて言った。

「神は我々の望むものを与えようとしている。最も多くの人々が同時に無心で望んだものが、必ずや与えられるであろう」

 しかしその放送を見た者で、浮浪者の言葉を信じたのは子ども達だけであった。

 --------そしてその直後、新宿の森にゴジラが出現したというニュースと、ニューヨークの森にキング・コングが出現したというニュースが、ほぼ同時に飛び込んできた。子ども達の望んだものは……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年6月 | トップページ | 2014年10月 »