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2014年6月28日 (土)

消えた寄居中学校

Yoriichuugaku四十数年前の写真です。
背景は埼玉県の寄居中学校校舎正面玄関。 私の母校です。
当時の教職員が一堂に会しています。
歳月が経過して皆さん面変わりしているので、アップロードしても差し支えないかと。 まあ、すでにみなさん定年退職しておられるし、すでに亡くなられたかたもちらほら。
名前のわかる先生は三分の一くらいかな。

この寄居中学校は、消滅しました。現在はもうありません。

同じ名称の中学校が一駅隣りにありますが、これはまったく別物。合併して移転した際に、校歌まで変えてしまったので、なんの痕跡もなくなってしまった。校歌さえ継承されていれば、出身校と言えたのだが、実に残念! どれほど年月が経過しても、校舎が建て替えられても、人が代わっても、「校歌」が母校たることの保証だろう。学校の長い歴史を断絶させる権利が誰にあるというのか。名称を継承するなら、校歌も継承すべきであった。さもなければ、まったく新しい校名にすべきだろう。

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2014年6月25日 (水)

怨霊神・物部守屋を祀る神社

▼守屋神社  福島県岩瀬郡岩瀬村大字守屋字守屋坂47
【祭神】天照大御神 菊理媛命 物部守屋連
▼守屋神社  福島県会津若松市湊町大字原字西山3269
【祭神】物部守屋大連
▼守屋神社  福島県会津若松市湊町大字平潟字夏狼ケ獄乙1477
【祭神】物部守屋大連命
▼大輿(おおこし)神社(通称・氏神さん 山梨県中巨摩郡田富町今福331
【祭神】守屋大臣
▼守屋社  長野県上伊那郡高遠町大字藤沢字片倉7165
【祭神】物部守屋大連
▼錦山(にしきやま)神社  岐阜県高山市江名子町368番地
【祭神】物部守屋大連命 (合祀)倉稻魂神 武甕槌神 天兒屋根神 經津主神 姫神 吉國社
▼波久奴(はくぬ)神社 通称・萩野(はぎの)神社  滋賀県東浅井郡浅井町高畑296
【祭神】高皇産靈神 (配祀)物部守屋大連
▼市杵嶋姫(いちきしまひめ)神社(村屋坐(むらやにます)彌冨都比賣(みふつひめ)神社の境内社) 奈良県磯城郡田原本町蔵堂426
【祭神】炊屋姫命 宇麻志摩遲命 (配祀)物部守屋連
▼弓削(ゆげ)神社  愛媛県南宇和郡城辺町緑
【祭神】物部守屋大連 (配祀)大雀命 伊弉諾命 伊弉册命 倉稻魂神 建速須佐之男命 櫛稻田比賣神 菅原道眞

 私の調べた限りでは、いずれの神社にも讃えるべき遺徳や神威は伝わっておらず、にもかかわらず守屋のみに限定して祀るということは「鎮魂」以外のなにものでもないということになる。
 なぜならば、生前の守屋に宗教的属性はほとんど見当たらないからである。
 信仰対象となるような事績も、慕われるような遺徳ある事績も見当たらない。むしろ「逆賊」として討伐・誅殺されたという記録ばかりが目立っている。
 しかしすでに指摘したように「逆賊」がもし事実であるならば神社に祀られることはなく、祀られているということは、遺徳・神威を讃えるためか、それとも怨霊の祟りを畏怖し鎮めるためかのいずれかなのである。
 すなわち“守屋神社”は、怨霊の祟り鎮めのために創建されたものである。祟りがあればこそ、慰霊鎮魂が求められるのであって、守屋社の存在はその証左である。
 もし彼が書紀のいうように「国家的大犯罪人」であるならば、この神社の存在理由を説明できないことになる。

(『怨霊の古代史』河出書房新社 より)

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2014年6月22日 (日)

鳥居が守る四天王寺

Shitennouju01 四天王寺(大阪)は、蘇我馬子の飛鳥寺(法興寺)とともに、日本最古の本格的な仏教寺院として知られている。
その草創の由来は『日本書紀』に記されているので有名だ。
蘇我馬子と厩戸皇子(聖徳太子)が物部守屋と戦った時に、四天王に祈願して勝利したというものだ。
厩戸皇子(聖徳太子)の草創を伝える寺は近畿一円に多数あるが、
実際に創建に関わったのは四天王寺と法隆寺のみ。
そしてその四天王寺は、巨大な石の鳥居で守られている。
しかも仏教寺院では最も重要な「西門」に鳥居はそびえる。

西方浄土は鳥居の彼方にあるのだ。

なお当初、四天王寺は玉造(大阪城付近)に建てられ、現在地へは593年(推古天皇元年)に移転。
旧地には鵲森宮(森之宮神社)がある。

四天王寺西門・大鳥居の謎を解くのは『怨霊の古代史』河出書房新社。

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