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2013年1月 8日 (火)

イワクラとは何か

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「…イワクラとは何か。磐座、岩倉、石鞍などと表記されるが、単なる岩や巨石がすべて磐座というわけではない。「クラ」とは神の座であって、それだけ特別の岩であることが条件となる。神の依り代に相応しいと、多くの人間が感じること。それは古神道の依り代である「神奈備(かんなび)」や「神籬(ひもろぎ)」と同様だ。
 日本列島にはその地理風土の特性から山岳は数多いが、多くの山岳の中でも際立つたたずまいのものを神奈備と呼んで信仰する。神の山である。
 また、いたるところにある森や林のなかでも、特別の気配を込めるものを神籬と呼んで信仰する。神の森である。
 これらと同様に、他を圧するかのような岩、特別な力が加わったからこその姿・たたずまいと見える岩──それを磐座と呼んで信仰する。神の岩である。
  本書冒頭で紹介した神倉神社のゴトビキ岩は、海辺の平地・新宮を見下ろすように浮かんで見える。海抜八〇メートルの絶壁の、その天辺に鎮座する巨岩は、あたかも天空に浮かぶ星のようだ。この岩がもし天空より飛来したものであるならば、それに乗る者は神をおいて他にないだろう。たまたま神倉神社と呼ばれているが、ここが磐船神社という名で呼ばれていても何の不思議もないだろう。

 なお宇佐神宮の磐座のように、複数の岩が並列するために、その数に拘泥する説もあるが、不毛な議論であろう。宇佐神宮の御神体は、奥宮・御許山山上の三つの巨石である。これをもって宗像三神になぞらえる説があるが、付会にすぎない。
 宇佐の祭神が三柱であるのも、むしろ御許山の磐座三体に合わせたものと考えるべきだろう。おそらくは比売神のみの信仰であったはずで、後世に応神天皇と神功皇后が加えられたものだろう。もともとの宇佐の信仰にこの二神は関わりはないのに、あたかも最初から三神一組であったかの如く思わせるところに、むしろ陥穽があると知るべきだ。比売神の由来と、他の二神の由来とはそもそも時代がまったくかけ離れていて、合同で祀る必然はない。それが宇佐信仰の原型だ。

 山中に忽然と現れる巨岩を見て、古代の日本人は「何処からか飛来したのではないか」「天から降って来たのではないか」等々と考えて不思議はない。イワクラは神の乗り物なのだ。ニギハヤヒ降臨伝承の真相は、そういうところにあるのだろう。
 ニギハヤヒが天の磐船に乗って降臨した地は、河内国の河上の地(大阪府交野市)、そしてその後大和国(奈良県)に移ったと記されている。ということは、高千穂に降臨したニニギの天孫降臨説話とは別系統の神話であろう。
 この摩訶不思議な乗り物は、人知では飛ぶことなどありえない巨岩を飛んだとすることによって、神たる奇跡の象徴となしたのだ。他にまったく類例がないのは、この時この神の降臨が、それだけ特別であったことを意味している。この「事件」は、歴史の結節点なのだ。
「交野」の地は、後世に桓武天皇が郊祀(こうし)をおこなって〝天命〟を受ける場所となるのだが、ニニギの直系である桓武天皇が、なにゆえニギハヤヒの降臨地において〝天命〟を受けようとしたのか。そこには、天の磐船という神の乗り物が、天空より飛来したということに理由がありそうだ。」(『ニギハヤヒ』第一章より/河出書房新社)

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