■天文博士・安倍晴明は、時の天皇に何を奏上したか。その本来の役目は?
安倍晴明の最も重要な職務は「天文密奏」であった。
つまり、天文博士である晴明は、天の異常を察し、それに基づいて地の変化、人の変化を読み解き、それを天皇に直接奏上する。これが天文密奏である。
映画や漫画で(それ以前にも舞台や小説で)繰り返し描かれてきたために、すっかり「呪術師」のレッテルを貼られてしまったが、晴明の本来の姿はオカルティストではない。そういう意味では、晴明の本来の陰陽原理がいかなるものか、現在ではほとんど知られていないと言っても良い。いわゆる“伝説”の類ばかりが喧伝(けんでん)されて、実像はいよいよ見えなくなっている。
実像を知る最良の方法は著書を繙(ひもと)くことであるが、唯一の著書『占事略決』は、彼一流の表現に満ちていて、なおかつ最小限の語彙にとどまっている。未知の他者に説明する必要がなかったためもあるだろうし、また勝手な解釈を拒絶するためもあったかも知れない。結果として本書を完全に理解できている人はおそらくきわめて稀であるだろう。彼の論理体系は、推理する以外に方法がない。
なお、彼の編纂になると言われる『〓〓(ほき)内伝金烏玉兎集』は、陰陽道の聖典であるかのように扱われて来たが、後世の作というのがもはや一致した見方であろう。所載のいくつかについて俗説巷説の見られるのも、観点の明確さや一定の視点を失ったことに拠っているのではないか。おそらくは晴明の陰陽原理を継承しながらも、次第に形骸化し、正しい部分もあるが、歪曲されてしまった部分もある。晴明以後に発生した迷信俗信を取り込んで混合させた所為かもしれない。
わが国独自の発展を遂げた陰陽道(おんみょうどう)すなわち日本風水は、陰陽五行本来の原理を踏まえ、かつわが国に連綿と伝えられた古神道の原理を融合させた時点を原点としている。そしておそらくは、天武天皇の手法も、晴明の手法も同じラインにあるだろう。
天武帝については、その指示のもとに開発された数々の事績がそれを示唆している。たとえば藤原京の設計、そして伊勢の神宮の遷宮システム、陰陽寮の設置、三種の神器の設定等々、驚くべき歴史的成果であり、かつそれらすべてがこの統合原理を示しているのも、いかにも示唆に満ちている。
晴明については、初期の陰陽寮での取り組みと、後世の取り組みとの差異からも推測されるし、唯一の著書『占事略決』と、伝編纂の『〓〓(ほき)内伝金烏玉兎集』との差異からもやはり同じ答えに辿り着く。いわゆる「晴明伝説」の類は、実相を見えなくすることくらいにしか役に立たないと知るべきであるだろう。
晴明の真の実力は、もっと現実的なところにあって、だからこそ畏怖されたと、私は理解している。彼の陰陽原理は超現実的な「占い」などではなく、天文地理の総合判断に裏付けられた、きわめて現実的な「予測」であった。そしてある部分では「予防」であり「回避」でもあっただろう。しかもそれらが国家的なレベルでの成果として結実しているならば、誰もその評価を疑うことはない。それこそは、政(まつりごと)の本質である。
なかでも、地震は天文地理の重要課題である。
晴明の密奏には、いくつかの最重要課題があった。まつりごとに多大な影響を与えかねない課題。10世紀という時代を考えれば、まだ「日蝕」や「流星」も重要な課題であったろう。しかも、晴明の生きた時代(921~1005年)には、特別な天文現象が少なからず観測された。
967年 大流星雨
975年 皆既日蝕
976年 火星大接近
989年 ハレー彗星接近
1002年 大流星雨
これらは当然ながら、晴明の密奏のメイン・テーマになる。
そしてこれらと無関係ではない「地震」も、その一つであったことは間違いない。(『日本風水』より)
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