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2011年4月21日 (木)

「ご冥福」を「お悔やみ」に書き換えました

本ブログの追悼記事において「ご冥福」という言葉を用いておりましたが、不適当であることに恥ずかしながら本日初めて気がつきました。そこで、遅まきながら、過去に遡ってすべての追悼文より「冥福」の言葉を削除し、「お悔やみ」に書き換えることにいたしました。不明を恥じるばかりです。

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2011年4月11日 (月)

小野さんの氏神

 小野一族は多くの文人・官人を輩出し、歴史にその名をとどめています。遣隋使として知られる小野妹子や遣唐使の小野石根、また遣唐副使の小野篁なども歴史の教科書には必ず登場する人物です。また三蹟の一人として知られる小野道風は篁の孫、六歌仙の一人としても「絶世の美女」としてもあまりにも有名な小野小町は、篁の曾孫です。
 その小野さんの氏神は、滋賀県大津市の小野神社です。すでに延喜式の神名帳に「滋賀郡大三座の内小野神社二座、名神大社」とあるほどの古社です。
 小野神社の祭神は、天足彦国押人命と米餠搗大使主命の二神。天足彦國押人命は、第五代孝昭天皇の第一皇子であり、小野一族の先祖です。また餅および菓子の匠・司の始祖ともされています。米餠搗大使主命は、それから七代目にあたります。
 天足彦国押人命は、孝昭天皇と尾張国の連の娘・余曽多木比命との間に生れた第一皇子で、春日、大宅、栗田、小野、栃木、大阪、安濃、多岐、羽栗、都怒山、伊勢、飯南、一志、近江の国造の祖であると『古事記』に記されています。 
 すなわち、大和朝廷成立以前に、滋賀、京都、大阪、奈良、三重、愛知に至る地域を支配していた氏族であったということです。
 全国各地の小野という地名や、小野という姓氏の発生地とされています。
 なお境内に、小野篁、小野道風、小野妹子をそれぞれ祭神として祀る神社もあります。
 東京の下谷にも、小野篁を祀る小野照崎神社があります。
 小野篁は、平安初期の学者、歌人として知られていますが、官人としても大きな役割を果たしています。下野国へ赴任した際には、わが国で最初の学校となった足利学校を創立しています。「令義解」を撰し、また「経国集」「和漢朗詠集」「扶桑集」「本朝文粋」等を残しています。
 百人一首「わだの原、八十嶋かけて、漕ぎいでぬと、人には告げよ、海士のつり船」の詠み人であり、学問の神として広く尊崇されています。(以下、略)
(『氏神事典』河出書房新社 より)

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2011年4月 5日 (火)

「眉目秀麗」は永遠の真理?

「イギリスやアメリカでは、ヒップホップ系・ストリート系ファッションは、ギャングと見なされます。日本的表現ならチンピラやくざでしょうか。黒人演歌歌手として売り出し中のジェロさんのようなファッションのことです(たぶん彼のスタイルは“日本ウケ”を狙った芸能プロダクションの演出だと思います)。
 だから、日本の若い人たちがわざわざアメリカン・ギャング・ファッションを採り入れているのは、アメリカ人にはとても滑稽に見えるようです。
 また、眉を細く剃り込み、薄く刈り込むのが“ファッション”“おしゃれ”とされて流行っていますが、実に愚かしい所業です。
 韓国の人たちはその理由をよく知っていて、朝鮮伝来の人相学では、細い眉や薄い眉は「凶相」とされているからです。犯罪者の相、ならず者の相、のことですね。
 そのため、恐がらせることを目的とする際には、意図的に強調する手法が昔からあります。日本でもやくざ者が眉を剃り、額に剃り込みを入れるのは、見た目で恐がらせようとしているからですね。つまり、これはこれで的確な演出なのです。
 甲子園の球児たちが眉や額を剃り込んでいるのも同じ理由でしょう。まずは相手チームを見た目で恐がらせて、試合を有利にしようとの魂胆であることは明白です。
 しかし韓国では眉の薄い体質の人が多くて、これを悩む人も少なくありません。古い漢語にあるように「眉目秀麗(びもくしゅうれい)」でありたいと願う人は、やはりなんとかしたいと思うようです。だから韓国では眉の植毛や、眉に見える入れ墨が盛んです。
 最初にふれたように、いまや「カリスマ性」にもピンからキリまでありますが、少なくとも世代を超えたマジョリティの支持を得るような圧倒的なカリスマ性は、「眉目秀麗」であるというのは真理です。
 もちろん「美男美女」というのとは別の意味です。
「眉」や「目」が「秀」でて「麗」しい、──言葉を換えれば「りりしい眉」、「澄んだ瞳」といった感じでしょうか。これは、「カリスマづくり」の基本です。」
──(『カリスマのつくり方』PHP新書 より)

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