« 天守閣と記さず、天の主の天主閣とした信長… | トップページ | 怨霊神・物部守屋を祀る神社 »

2011年2月 8日 (火)

呪いの形代・救世観音像のモデルは誰か

 救世観音像は、厩戸皇子(聖徳太子)の等身と言われるが、はたしてそうなのか。
 しかし大きな目、鼻梁の発達した鼻、分厚い唇──これらの特徴は厩戸皇子のものではないのではないか。
 フェノロサはモナリザの微笑と並列して賛美し(『東洋美術史綱』)、和辻哲郎はモナリザ以上の美しさと絶賛した(『古寺巡礼』)。
 しかし救世観音像を前にしてその言葉を読み上げてみても、彼らがそのために費やす言葉の数々は空虚なばかりで眼前の像とまったく一致しない。彼らは何を見てそう言ったのか。
 納得できる言葉は、彫刻家で詩人の高村光太郎から発せられたのが唯一のものだ。彼の眼は、率直であった。
「救世観音像も例によって甚だしい不協和音の強引な和音で出来てゐる。顔面の不思議極まる化け物じみた物凄さ、」(高村光太郎)
 法隆寺の救世観音像は、そういう容姿容貌なのである。そのモデルこそは、この「呪いの人形(ひとかた)」によってここ法隆寺に封印される人物であろう。
(『怨霊の古代史』河出書房新社 より)

|

« 天守閣と記さず、天の主の天主閣とした信長… | トップページ | 怨霊神・物部守屋を祀る神社 »

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/517692/50811450

この記事へのトラックバック一覧です: 呪いの形代・救世観音像のモデルは誰か:

« 天守閣と記さず、天の主の天主閣とした信長… | トップページ | 怨霊神・物部守屋を祀る神社 »