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2011年1月28日 (金)

氏神は3つ?!

「転居すると氏神は変わるのですか?」──そういう問い合わせを数件いただきました。
皆さん、神社本庁や各地の神社庁に問い合わせて「現住所をもとに」氏神を教えていただいているようです。ただ、それが当人の「氏」の神であるということに完全な納得は行っていないようですね。
引っ越すだけで氏神が変わってしまうということに「?」のようです。

古くは氏神は「氏族の神」のみでしたが、現在では氏神は3種類あります。

氏神の類型
①地域社会の氏神──氏子区域内のすべての住民が「氏子」として祭礼に奉仕・参加するもので、地縁氏神といいます。氏子の代表者は氏子総代と称し、神社の祭礼などにおいては中心となります。
②一家の氏神──一家とは血縁による同族・一族・一門などとも呼ばれるつながり。その血縁者のみが祀るもので、血縁氏神・同族神などともいいます。
③屋敷の氏神──個人の家の屋敷内に祭るもの。家の氏神・屋敷神などともいいます。

神社本庁は地域をベースにした管理体制を基準にしていますので、①を指導するようにしているのでしょう。
また、②や③はなかなか調べにくいものなので、本庁は関与しないようにしているのでしょう。

正確には、「氏族の元々の氏神は永遠に変わりませんが、地域=氏子区域の氏神はその時の居住地の神になる」ということです。
たとえば、源氏の血をひくあなたが現在は東京都文京区根津に住んでいるとすれば、氏族の氏神は鶴岡八幡宮で、地域=氏子区域の氏神は根津神社になります。

また、産まれた土地の神のことを産土(うぶすな)神と呼んでおり、その人の一生を守護する神です。「産土」と表記するように、「うまれた土地」に由来する神です。そのため、初宮詣を産土詣りと呼ぶこともあります。
他の地域へ転居すると、転居先の氏神の氏子となりますが、産土神は転居と無関係で、生涯変わることがありません。
なお、その人が生まれたその土地の神を産土神とも呼ぶとともに、単純に「その土地の神」をも産土神と呼びます。
つまり元々の産土神は生涯変わることはなく、元々の氏族の氏神も生涯変わることはなく、居住区域=氏子区域の氏神だけが転居によって変わります。

ひとによって、これらの三神がすべて異なるひともいれば、すべて一緒のひともいるということです。

ちなみに私は、三神すべて異なります。
産土神は宗像神社で、氏族の氏神は金鑽神社で、地域の氏神は天祖神社です(一般のひとには無縁ですが、神職としての奉職神社はまた別になります)。

古代には多くの人が、氏族の氏神を産土神として生まれて、生涯その氏子区域から出ることなく暮らしていたのが普通だったのでしょうね。なんとうらやましくも平和な一生なのでしょう!

(参考『氏神事典』河出書房新社)

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2011年1月25日 (火)

日本の「最も古い歴史書」とは?

Miwa 日本の古代史を知るための文献資料といえば「記・紀」と総称されてあまりにも有名な『古事記』と『日本書紀』がある。
これ以前には文字で書かれたいわゆる文献資料は存在しないと、一般には考えられているはずである(「偽書」を除く)。
しか実は、あるのだな、これが!
成立年で見てみると以下のようになる。

『天皇記』620
『国記』620
『臣連伴造国造百八十部并公民等本記』620
『帝紀』681
『旧辞』681
『伊吉博徳書』695?──ここまで飛鳥時代以後、奈良時代
『粟鹿大神元記』708
『古事記』712
『日本書紀』720
『住吉大社神代記』731
『出雲風土記』733
『穂積三立解』746
『萬葉集』759
『藤氏家伝』760

『天皇記』から『旧辞』まではかつて存在したことは間違いないが、すでに失われているもの。
それでも「記・紀」以前に二つある。
『伊吉博徳書』は、遣唐使に随行した伊吉博徳(いきのはかとこ)の手記・紀行文で、『日本書紀』にも数カ所引用されている。
『粟鹿大神元記(あわがおおかみのもとつふみ)』は、粟鹿大明神の由来などを記したもの。『住吉大社神代記』とともに、神社・神道系の資料としてはきわめて重要なものだ。
『穂積三立解』は皇后の写経などについてのものであるが、いくつかの重要な記述がある。

しかし望むらくは「記・紀」の元にもなっている『天皇記』『国記』が現存すれば、というものだろう。
これらは乙巳の変の際に、蘇我の邸宅とともに焼失したしまったとされている。
「記・紀」にもそれらしき欠篇がないことはないのだが、復元できるほどのものではない。

──ただ、その原型とおぼしきものはある。
それについては、いずれお知らせしたい。

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2011年1月24日 (月)

国会議員は47人でじゅうぶんだ!

参議院がいらないことは今さらいうまでもないが、衆議院も多すぎる!
しかもこれだけは国会のお手盛りなんだよな。
国会に関する法制度を変えるのも国会の役目で、他の誰も手が出せない国会議員が自分たちで返上するのを待つしかないのだ。これが、日本国の政治制度の最大にして、根本の問題だ。第三者に決定権を委ねなければダメだろう!

消費税上げる前に、まずは自分たちの「経費削減」を大胆にやって見せてもらおうじゃないか?

参議院 242人→0人
衆議院 480人→47人

どうだ?名案だろう?
47都道府県から各一名の国会議員で、47人。47士で、ゴロもいい。

だいたい日本列島なんて、カリフォルニア州より面積狭いくせに、自治単位も選挙区も細分化し過ぎなんだよな。

カ州面積   423,971 km2
日本国面積  377,835km2

この狭い国土に、衆議院議員480人、参議院議員242人の合計722人もいるのだ! 要るか、こんなに?

「小さな政府」を実現するための第一のステップは、これをなんとかすることだろう。
世界各国と比較する必要もない。
比較して多いの少ないのという議論は、そもそも必要絶対数がどれだけなのかという前提が欠落している。

議会・議員に掛る金も莫大だ。比較的高額の独・米の約4倍。

世界的に見て、議員報酬がダントツなのも当然考え直すべき点だが、
もし、ここに主張するような少数で、国政を責任もっておこなうならば、しかるべき報酬は必要だろう。なにも「ただでやれ」とは言わない。本当に高度な仕事には、それに見合うだけの報酬があってしかるべきだ。そうでなければ、人材も集まらない。
日本国民の中で最も優秀な者は、国政という仕事にこそ就くべきなのだ、本来は。

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2011年1月23日 (日)

蔵書紹介 『鼇頭旧事記』

Gohtohkujiki

『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』の注釈付き。
「ごうとうくじき」と訓みます。
古事記と日本書紀に匹敵する貴重文献。

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2011年1月 8日 (土)

日本が、中国等に輸出禁止「出来る」資源

日本が、中国等に輸出禁止「出来る」資源

http://alternativereport1.seesaa.net/article/163802499.html

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