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2010年12月25日 (土)

貴重文献紹介 月刊『不二』 特集「天皇制への疑問と解答」葦津珍彦

Fujitennousei
月刊『不二』昭和37年4月号/大東塾・不二歌道会発行

特集「天皇制への疑問と解答」──葦津珍彦

第1問 天皇制は戦争の原因か
第2問 天皇の戦争責任はどうか
第3問 国体と天皇の関係はどうか
第4問 終戦で国体は変わったのか
第5問 主権在民と天皇の関係はどうか
第6問 天皇が存在しなくとも日本はやってゆけるか
第7問 君主制の衰退は世界史の法則か
第8問 天皇と神道は不可分か
第9問 天皇にも信教の自由があってもよいのではないか
第10問 熱心な皇室尊崇は皇室の御迷惑か
第11問 皇族は国民の税金で贅沢をして居るのか
第12問 日本の国体は資本主義的か社会主義的か

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2010年12月24日 (金)

貴重文献紹介 月刊 『不二』 三島由紀夫追悼號

Mishimafujishouwa46
昭和46年2月、大東塾・不二歌道会発行。
三島由紀夫が自決したのは昭和45年(1970年)11月25日であった。
本誌は、その直後の新年号でも特集し、翌2月号も「追悼號」とした。
以下、本号の内容。
「昭和の神風連」影山正治
「三島由紀夫の死」保田與重郎
「責務」浅野晃
「三島由紀夫の神風連調査の旅」荒木精之
「怒濤の饗宴」酒井光穂
「責務の自刃」宮川悌二郎
「追悼 森田必勝君」小野寺道雄・緒方守
「三島由紀夫氏の大東塾並に影山塾長に対する発言」
その他、各氏の追悼文など。

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2010年12月20日 (月)

ヒルコを祀る神社の「祭神名」表記一覧


 夷子神
 夷子大神
 御子蛭兒神
 水蛭子命
 水蛭命
 水蛭兒
 水蛭兒命
 天蛭子命
 比留古命
 蛭子
 蛭子神
 蛭子尊
 蛭子大神
 蛭子大明神
 蛭子之神
 蛭子之命
 蛭子姫之命
 蛭子姫命
 蛭子命
 蛭兒神
 蛭兒尊
 蛭兒命
 蛭兒大神
 蛭兒之神
 蛭兒之命

(『ヒルコ 棄てられた謎の神』河出書房新社 より)

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2010年12月18日 (土)

菊の御紋入り。皇太子殿下よりの賜りもの。

Dorayaki

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2010年12月12日 (日)

出光佐三が実現した究極の日本型企業経営

 大企業となっても、創業時の原理原則を企業理念として貫いたカリスマ経営者といえば、出光興産の創業者・出光佐三氏を忘れることはできません。大企業の経営者でありながら、最終的な肩書きを「店主」と定めて、原点の哲学たる「家族主義経営」を貫きました。
 昭和二十年八月、日本は終戦を迎えますが、どの企業もまともに機能するような状況にはありませんでした。日本の主要な都市はもちろん、とくに東京は焼け野原で廃墟同然です。
 しかし出光佐三氏は、終戦のわずか二日後に、在京の従業員を集めて宣言します。
「愚痴をやめよ。世界無比の三千年の歴史を見直せ。そして今から建設にかかれ」
 仕事はなく、資金もなく、設備も資材もない。あるのは莫大な借金のみ。
 となれば当然のこととして、従業員の人数を最小限にまで減らして会社を再建する、という発想が生まれます。日本の経済界では未曾有のリストラ、馘首が始まろうとしていました。
 しかしこんな状況の中で、終戦から一ヶ月後の九月十五日、出光佐三氏はまったく逆の道を示します。
「馘首してはならぬ」
 そして約一千人の従業員のただの一人も解雇しないことを宣言したのです。
 この時、この宣言を聞いた従業員の感激はいかばかりであったか、想像するにあまりあるものですね。もはや従業員は、“信者”です。
 この言葉の撤回を求める重役たちを叱る口吻にも一層の激しさがこもります。
「きみたちは、家計が行き詰まったくらいで家族を追い出すのか!」
 従業員は家族であればこそリストラなどできるはずがない──創業以来掲げてきた大家族主義が単なる言葉のあやではなかったのだという証です。馘首するより、仕事をつくる。──それこそが出光らしい経営方針というものです。
 そしてこういう瞬間こそが、カリスマ戦略の重要なポイントになります。
「事業は全て人間が基礎である」「黄金の奴隷となるな」──これが、出光創業以来の企業理念ですが、これは、財務諸表やリストラという発想の対極にあります。なにしろ、「利益」よりも「人間」を大切にするのですから。アメリカ型の経営学や経済学を学んだ人から見ると、出光興産は「企業ではない」「別の種類の集団」だとでも見えるかもしれません。しかし紛れもなく日本でトップクラスの大企業なのです。
 出光の経営を「七不思議経営」などと呼ぶ人もいました。それは、普通の企業ではありえないことが七つあったからです。
「給料は要るだけ出す」「定年なし」「首切りなし」「出勤簿・タイムカードなし」「就業規則なし」「労働組合なし」「残業なし」──いかがですか? 初めて知った人には驚き以外のなにものでもないでしょう。会社経営の常識として一般に認識されていることがすべて否定されています。これによって「出光ブランド」は創造されたのです。
 その発想の源は「家族主義」にありますが、アンドレ・マルローとの対談ではさらにこうも述べています。   
「これくらい人間を信頼していない姿はあるまい。タイムレコーダーという器械で社員の出勤や退社の時間を計り、机を同じ方向に並べて上役が社員を後ろから監督しなければならないようなところに、どうして人間の信頼や尊厳があるというのか。」
  人間の信頼や尊厳──これをこそ第一に据える経営哲学は、ビジネス・スクールで学ぶことはできません。もしアメリカ型の経営学に基づいてこの経営手法を評価するなら、ほとんど零点に近い結果がでるかもしれません。しかし非上場であるため、これを貫くことができたという側面もあります。
 平成十八(二〇〇六)年、出光興産はついに東証一部に上場。新しい経営陣による経営方針の大転換です。
 このため、労働基準法に従って「七不思議」は整備しなければならなくなりました。法規などというのは無粋なもので、そこに「主義」や「こころざし」の入り込む余地はほとんどありません。しかも企業経営は「雇用契約」であり、「性悪説(人間の本性は悪であるという考え方)」に基づいているのですから、保証や罰則、義務や権利などを明文化することとなります。
 カリスマ経営者の貴重なる“経営資産”が、たかが「労働法規」のために失われるのは、実に残念、と私は嘆いていたのですが、“店主”のDNAは、新しい経営陣にも受け継がれていたようです。もちろん「七不思議経営」をそのまま残すことはできませんでしたが、企業風土として生きているのです。
 上場後の現在も、出光興産には制度としての定年はなく、六十から六十五歳を目処に自主的に後進に道を譲る形になっているそうです(それ以後も残ることも可能)。
 また、出勤簿と労働組合は、今もありません!
 売上高三兆円を超える大企業で、こんな企業は世界中探してもないでしょう。
 バブル崩壊以降、自信を喪失した日本企業の多くが採用してきた「アメリカ型の経営手法」は、すでにプラスもマイナスも見極められています。出光興産は「遅れて来た」ことを逆手に取って、これから取り組むことができます。アメリカ型経営手法の「いいとこ採り」を、カリスマの経営哲学に融合させる形で、どのように企業経営の新しい地平を切り拓いて行くのか大いに期待したいと思います。

(『カリスマのつくり方』PHP新書 より)

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