« 神名「ヒルコ」の由来が示す歴史的大事件 | トップページ | 出光佐三が実現した究極の日本型企業経営 »

2010年11月28日 (日)

東京の「鬼門」には何がある?

 東海村原子力発電所が、東京の鬼門にあることは誰でも知っている。
 ここに日本の原発第1号が建設されたのは誰の意志であったのか、またいかなる理由であったのか。──そう遠くない将来に、ここにこうした布陣をおこなったがゆえの“結果”は出るだろう。しかしそれは、私たちにとって決して望ましい答えではないかも知れない。

 かつて徳川は、鬼門の守りとして水戸に御三家の一を置いた。
 しかし家康は「将軍継嗣についてのみ水戸を除外する」としていた。それは「鬼門守護」の意味を熟知していたからである。
 ところが“最後の将軍”となったのは、ご存じの通り水戸徳川の慶喜である。
 彼は烈公斉昭(なりあき)を父として水戸徳川家に生まれたが、その後ついに〟最後の将軍〝となる。歴代将軍の中でも際立って有能であり、初代家康にも擬せられたほどの人物であったにも関わらず〟最後〝となったことで、「鬼門の将軍は、幕府の滅亡を招いた」「家康はこれを怖れていた」とされている。
 一橋家の養子となることによって「方違(かたたが)え」をおこなったのだと思われるが、家康の恐れていた事態を避けることはできなかった。というのも、一橋家では実は方違えにはならない。御三卿はいずれも江戸城内に邸があったが、一橋は本丸の鬼門に当たる。つまり水戸と一橋は同類なのだ。同じ御三卿でも、田安家か清水家ならば北西になるので、将軍継嗣の方違えとしてはふさわしいものであった。はたして承知の上でおこなわれたのか、わからなかったのか。結果として、水戸徳川は、鬼門守護を放棄して、幕府の幕引き役になったのだ。(『日本風水』木戸出版 より)

 現代の「鬼門装置」が、まさか東京の幕引きはしないだろうが……。

|

« 神名「ヒルコ」の由来が示す歴史的大事件 | トップページ | 出光佐三が実現した究極の日本型企業経営 »

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/517692/50151616

この記事へのトラックバック一覧です: 東京の「鬼門」には何がある?:

« 神名「ヒルコ」の由来が示す歴史的大事件 | トップページ | 出光佐三が実現した究極の日本型企業経営 »