源(みなもと)さんの氏神 (128夜)
古来、由緒ある苗字の代表格と言えば「源平籐橘(げんぺいとうきつ)」という言い方をしますが、これは源氏、平氏、藤原氏、橘氏の四氏のこと。いずれも皇族が臣籍降下する際に、天皇から与えられた氏です。
臣籍降下とは、文字通り臣下の籍に降りることですが、氏姓をたまわ賜るところからし賜せい姓降下ともいわれます。
正確には、氏を源、かばね姓をあそん朝臣、つまりみなもとのあそん源朝臣頼朝というように名乗ります。もちろん現在は姓の制度はありませんから、氏だけになっています。したがって、「姓名」という言い方は本当は誤りで、「氏名」が正しいのです。
源氏は、これらの四姓のなかでも最も由緒が古く、たとえばその家紋である笹竜胆(ささりんどう)は「最古の家紋」「家紋の始祖」ともいわれるほどです。
その源氏にもいくつかの流れがあります。太祖となる天皇によって、また臣籍降下した年代によって、嵯峨源氏、清和源氏、村上源氏、かざん花山源氏など二十一流あります。なかでも、公家源氏である嵯峨源氏が最も古いのですが、頼朝などの武家源氏の活躍によって清和源氏が最も有名になりました。
以後はこの系譜が、「武家の頭領」である源氏の代名詞となり、鎌倉以降は「将軍」は源氏が正統とされるようになります。そのため足利氏も徳川氏も幕府を開いて将軍となる際には「源朝臣」を名乗っています。
ちなみに、花山源氏の系譜は神祇伯(神道の総元締め)を代々世襲し、白川伯王家と呼ばれました。
また、最も古い嵯峨源氏は公家として定着し、その一人、左大臣源融(みなもとのとおる)は、紫式部『源氏物語』の主人公・光源氏のモデルといわれます。
源さんの氏神は八幡神であるのは、あまりにも有名です。源氏の氏神であるとともに、武家の守護神ともされて全国に広く勧請されました。そして「はちまんさま」と親しみを込めて呼ばれるほどに浸透して、稲荷神と並んで最多です。唱歌でもお馴染みの「村の鎮守の神様」という呼び方は八幡神のことで、鎮守府将軍に由来しています。これはもちろん源頼朝が鎌倉幕府を開いたことに由来するもので、それ以来、鶴岡八幡宮から勧請した神社を源さんの氏神としています。大もとは宇佐神宮(大分)で、そこから京都に勧請されたのが石清水八幡宮、鶴岡八幡宮はその石清水八幡宮を由比ヶ浜に祀ったのが始まりです。
なお、源頼朝は死後に白旗大明神を追号され、鶴岡八幡宮境内社の白旗神社に祀られています。私も学生の時に御祈祷などのお手伝いをしたことがあります。(河出書房新社『氏神事典』より)
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