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2009年9月30日 (水)

神武天皇はヤマト国をニギハヤヒから譲り受けた(114夜)

Kujiki これは、古事記にも日本書紀にも明記されていることだ。
神武がヤマトに上陸するより先に、
すでに統治者として君臨していた王の名はニギハヤヒ。
邇藝速日命(古事記)饒速日命(日本書紀)などと表記する。
記紀の記述には、アマテラスから地上を統治せよと命ぜられたとある。
旧事本紀には、その際に宝物を持して降臨したと記される。
その中には剣や鏡が含まれている。
また、多くの従者をともなったとも記される。
その中には、後に続く名族の祖先が連なっている。
──こういった記述は、天孫・ニニギノミコトにも神武天皇にも、ない。
ニギハヤヒとは何者か?
それを解き明かす本を準備しています。ご期待あれ!

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2009年9月22日 (火)

見当違いの「岸和田だんじり祭り」(113夜)

岸和田だんじり祭りでは、宮入りが「神社への挨拶」だという。
見当違いもはなはだしい。
だんじり──すなわち山車(だし)を何だと思っているのか。

山車(だし)も御輿(みこし)も、「移動用神社」なのである。
祭りというものは、山車や御輿の宮出しから始まり、宮入りで終わる。

宮出しとは、神社本殿から山車(だし)や御輿(みこし)に神様がお移りになられる(お載りになられる)儀式である。
そうしてから各町内を練り歩いて、町のにぎわいや民の暮らしぶりを神様に見物していただく、感謝を込めて視察していただくのだ。
町内を一巡りしたら、ふたたび神社に戻って神様に本殿へお戻りいただく。
そのお戻りいただく儀式が宮入(みやいり)である。
宮出し、宮入りとは、神様が出入りされることをいうのだ。
担ぎ手たちが境内に出入りすることではない。

つまり、祭りの間は神様が載っているのが山車や御輿なのだ。
その上に乗っかって、神様を足蹴にするような行為は不遜無礼もはなはだしい。
だんじりの屋根の上や、御輿の上には、人間は乗ってはならないのだ。

岸和田だんじり祭りは、祭りの本質からまったく遊離してしまっているように見える。
ちんぴらやくざとしか見えない風体で、山車の屋根の上に乗ってダンスをおこなうことに何の意味があるのか。
これはもはや祭祀ではないし、神社とは無関係の単なる「お祭り騒ぎ」にすぎないのではないか。

浅草の三社祭りでは、やくざ者が御輿に乗ることを咎めてもやめないため、出すことを中止した。英断である。
岸和田の各神社にも、毅然とした態度・姿勢を求めたい。

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