« 「帯刀」を復活すれば、武士道の礼儀も復活だ! | トップページ | 神武天皇はヤマト国をニギハヤヒから譲り受けた(114夜) »

2009年9月22日 (火)

見当違いの「岸和田だんじり祭り」(113夜)

岸和田だんじり祭りでは、宮入りが「神社への挨拶」だという。
見当違いもはなはだしい。
だんじり──すなわち山車(だし)を何だと思っているのか。

山車(だし)も御輿(みこし)も、「移動用神社」なのである。
祭りというものは、山車や御輿の宮出しから始まり、宮入りで終わる。

宮出しとは、神社本殿から山車(だし)や御輿(みこし)に神様がお移りになられる(お載りになられる)儀式である。
そうしてから各町内を練り歩いて、町のにぎわいや民の暮らしぶりを神様に見物していただく、感謝を込めて視察していただくのだ。
町内を一巡りしたら、ふたたび神社に戻って神様に本殿へお戻りいただく。
そのお戻りいただく儀式が宮入(みやいり)である。
宮出し、宮入りとは、神様が出入りされることをいうのだ。
担ぎ手たちが境内に出入りすることではない。

つまり、祭りの間は神様が載っているのが山車や御輿なのだ。
その上に乗っかって、神様を足蹴にするような行為は不遜無礼もはなはだしい。
だんじりの屋根の上や、御輿の上には、人間は乗ってはならないのだ。

岸和田だんじり祭りは、祭りの本質からまったく遊離してしまっているように見える。
ちんぴらやくざとしか見えない風体で、山車の屋根の上に乗ってダンスをおこなうことに何の意味があるのか。
これはもはや祭祀ではないし、神社とは無関係の単なる「お祭り騒ぎ」にすぎないのではないか。

浅草の三社祭りでは、やくざ者が御輿に乗ることを咎めてもやめないため、出すことを中止した。英断である。
岸和田の各神社にも、毅然とした態度・姿勢を求めたい。

|

« 「帯刀」を復活すれば、武士道の礼儀も復活だ! | トップページ | 神武天皇はヤマト国をニギハヤヒから譲り受けた(114夜) »

ニュース」カテゴリの記事

戸矢の意見」カテゴリの記事

氏神」カテゴリの記事

神社・神道」カテゴリの記事

コメント

今時とは思うが、おんべいを担ぐの意味も知らない者が多い中、セレブレーションは知っててもセレブリティーを知らないのと同じででは無いだろうか。

投稿: 極楽蜻蛉 | 2009年9月24日 (木) 00時00分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/517692/46276701

この記事へのトラックバック一覧です: 見当違いの「岸和田だんじり祭り」(113夜):

« 「帯刀」を復活すれば、武士道の礼儀も復活だ! | トップページ | 神武天皇はヤマト国をニギハヤヒから譲り受けた(114夜) »