15夜ショート・ショート「エスカレーターの秘密」
エスカレーターの秘密
少年は、エスカレーターというものをいつも不思議に思っていた。階段が次から次に現われて、そして次から次に消えていくなんて、いったいどういうことなんだろうと。
考えあぐねた末にたどり着いたのは、床の下に階段をアッという間に作る機械があって、その先には壊す機械がある。しかも、壊した材料はすばやく、作る機械に送られて、それを繰り返す。──そういうシステムであった。
ところがある日学校帰りに、たまたま地下鉄新お茶ノ水駅でエスカレーターの修理に出合った。そこで少年は、さっそくのぞきこんだのだが、中にはモーターがあるだけで、階段は折りたたみ式になっている。
「なあんだ、折りたたみ式かぁ」
少年は思わず大きな声でつぶやいた。すると、修理をしていた人が振り返って、
「ホントは違うんだよ。きっとキミも考えたように、階段を作っては壊し、作っては壊ししてるのさ。でもそのことはナイショにしなくちゃいけないんだ」
「へ~え、でも、もしそうだったら、おじさんは今なにしてるの。折りたたみの修理に見えるけど」
「こうしてときどき“折りたたみ式”だってことを見せたりしないとバレちゃうだろ。だからさ」
──少年は一生懸命考えた。
「でも、作ったり壊したりしていることがバレちゃうと、どうしていけないの」
すると修理士は、少し考えるような顔をしてから少年に顔を寄せてソッとささやいた。
「さっきおじさんは“キミが考えているとおりだ”って言ったけど、ホントは違うこともあるんだ。キミにだけ教えてあげるけど、実はね、床の下で階段を作ったり壊したりしているのは“機械”なんかじゃないんだ。“人間”なんだよ。人間が、1つの階段を作ったり壊したり永遠に繰り返しているのさ」
床下で階段を作っているのは機械でなく人間だと言う。本当にそんなことがあるのだろうか。
「あるんだよ」
その修理士はまるで少年の考えを見抜いたかのようにそう言った。
「といっても、もちろん素手じゃつくれないからね。道具は使ってるさ」
おおぜいの人間がものすごいスピードで次から次に壊して、壊したと思ったら、また作る。その作業を延々と続けているという。考えるだけでもシンドイことだ。
「それじゃあ、この下にいる人たちのおかげで、ボクたちはエスカレーターに毎日乗れるんだね。感謝しなくちゃ」
「感謝なんかすることはないんだよ。だって、考えてごらん。折りたたみ式にすれば、なにもいちいち作ったり壊したりする必要はないんだからね」
「それじゃ、どうしてそんなことをするの?」
「“罰”さ」
「バツ?」
「そう。地上で悪いことをした罰として、永遠に完成しない仕事をさせられるんだ。ツラいぞぅ」。
ニタッと笑った顔を見ると、犬歯がずいぶんトガッて見えた。それを見ると、少年はなぜか背筋に寒気を感じた。
「オイ、子ども相手になにやってるんだ! そろそろ片付けないと時間だぞ」
もうひとりの修理士が声をかけた。すると、少年の相手をしていた修理士は、
「さあ、もうお帰り。冗談はこれでオシマイ。──今、おじさんの言ったことは、ぜ~んぶウソ。階段は見たとおり、折りたたみ式さ」
なんのことはない、少年はからかわれていただけなのだ。
「さあ帰った帰った、仕事のジャマだよ」 そう言ってクルリと背中を向けた修理士のむこうに、もうひとりの修理士が帽子を取って額の汗をぬぐうのが見えた。少年がなんの気なしにそちらに目をやると、その頭には小さな突起物が2つ。それは、まるで“角(つの)”みたいな──。
了
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