14夜ショート・ショート 「銀座のカラス」
銀座のカラス
「近頃やけにカラスが多いなあ」
銀座電通通りを歩きながら、一組のカップルが話していた。
「ほんと、気味が悪いわね」
「あっ、危ない!」
その時すばやく一羽のカラスが滑空して、二人のすぐ前を歩いていた親子連れに狙いをつけたところであった。カラスは、子どもがかぶっていたアポロ・キャップのツバを跳ね上げて、またすばやく舞い上がる。──そして火が着いたような子どもの泣き声。
「──まるで、ヒッチコックの『鳥』ね。カラスが人間を襲うなんて信じられない」
「アポロ・キャップが珍しかったんだろう。好奇心の強い鳥だからね、カラスは」
銀座にカラスが異常繁殖しているという噂は、だいぶ広まっている。実際には「繁殖」ではなく、北の丸公園や小石川植物園辺りからエサをあさりに飛んで来るらしいのだが、いずれにしても「銀座」という風景にはおよそ似つかわしくない鳥である。
かつて「六本木ネズミ」というのが話題になって、これは「猫」ぐらいの大きさがあると言われたが、考えようによっては、それだけ六本木の台所は豊かだという証明だ。
しかし、カラスはいけない。カラスはやはり、「死肉に群がる」というイメージがどうしても付きまとう。
「銀座は日本じゃないみたいね」
カップルの女が言った。
「まったくね」男が答えた。「海外ブランドのビルばかり次々に出来て、これじゃ、まるで植民地だね」
「ふーん。カラスとなにか関係あるのかしら」
「なんで?」
「カラスは死臭をかぎつけるって言うじゃない。日本人の死臭」
「そういえば、ブランド・ショップに群がる女達はゾンビみたいだな。きみがブランド好きでなくてよかったよ」
「わたしはゾンビにはなりたく──」
女が途中で言葉を切ったので、男は思わず女の顔を振り返った。すると、女は目を大きく見開いて、一点を見つめていた。
「あ、ああ、あれ、あれあれ、あれ、なんなのいったい。あれ!」
女の指差す方を見ると、なんと猫よりもひとまわり大きいネズミがポリバケツのゴミをあさっているところであった。
「六本木ネズミだ! いや、こいつはもっとでかいぞ」
「こわいっ!」
寄り添う女を抱える腕に思わず力がこもるのを、男は制御できなかった。掌は汗ばんでいるのに、背筋には寒気が走る。
「銀座のゴミの方が栄養価が高いってことなんだろうな」
なぐさめるつもりで男はつぶやいたが、自分で自分の言葉に不吉な予感を抱いた。
巨大なネズミに気付いたのはこの二人ばかりではなくで、あちこちで次々に悲鳴が上がっている。その悲鳴につられるかのように、走り回るネズミの数もどんどん増える。ビルの隙間や植え込みの陰から、まるで手品のように続々とわき出てくる。
「これは、なにか特別のエサを食べたんじゃないか」
「特別って?」
「わからない──」
その時、
「クワァー!」
という耳をつん裂くような不吉な鳴き声が辺りに響き渡って、思わず空を見上げた。すると、なんと、まるで怪鳥ラドンと見まがうような大カラスが、ソニービルの屋上から羽を広げて見下ろしていた。
「そういえば、カラスもネズミも悪食で有名なんだっけ」
男はボンヤリと考えた。
〈了〉
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