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2008年4月30日 (水)

38夜ブック・レビュー 『月と不死』 東洋文庫

月と不死 (ワイド版東洋文庫 (185))


貴重なる「月のフィールド・ワーク」

月讀命(ツクヨミノミコト)は日本神話最大の謎。
「月」という視点から丹念にフィールド・ワークをおこなうと「不死」というテーマが浮かび上がってくることを、本書は教えてくれる。
竹取物語の締めくくりも、月からもたらされた不老不死の妙薬を燃やすというものであった。
月讀命と富士山の関係を示す伝承を調べるのは、私たちに託された役目かもしれない。
本駒込に住んでいたという著者に親愛感を覚える。 

月と不死 (ワイド版東洋文庫 (185))

著者:岡 正雄,N.ネフスキー

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2008年4月28日 (月)

37夜ブック・レビュー『アースダイバー』中沢新一著

アースダイバー

“ニュー・アカ”のレトリックで誤魔化しているだけ       

友人から奨められて読んで、がっかり。
あいもかわらず“ニュー・アカ”のレトリックで誤魔化しているだけで、「東京紀行」として見てもちょっとひどい。
てっきり歳をとって「深く」なったかと期待していたので、よけいにつらいものがありました。

「東京」の地勢については、先人の良書が少なくないので、もう少し勉強してください。 

アースダイバー

著者:中沢 新一

アースダイバー

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8夜ショート・ショート 「魔法瓶」

魔法瓶

「水を一杯、いただけますかな?」
 通りがかりの老人から声を掛けられた。
「まことにもって不躾で恐縮じゃが……」
 その時私は、谷中の自宅の庭先で植木の手入れをしていた。夏の盛りで、曇り空とはいいながら、蒸し暑さはかなりのものだ。汗も吹き出るし、喉もひりつく。
「いいですとも。今持って来ましょう」
 私はごく自然に答えた。
「……えっ、なんと!? ……まさか!?」
 老人は、喜色と当惑の入り交じった表情になった。自分から言っておいておかしな人だ。
「――まことに頂戴できるのかな?」
「たかが水一杯のことではありませんか」
「いやいや、――なかなかそこまで言い切れるものではない、この状況ではのう……」
 猛暑にともなう東京の水不足は毎年のことだ。それでもなんの手も打たなかった報いだろうが、この夏、ついに水道から水が出なくなってしまった。ニュースでは毎日、干上がった小河内ダムを映している。かろうじて利根川荒川の各水系は生き残ったが、優先的に業務用水となるため、結果的に水道からの生活用水はなくなってしまった。“産業優先”には例によってマスコミを中心に非難が巻き起こったが、ほとんどの人がいずれかの産業に関わっているので、最終的には誰もが認めざるを得ないところで結局は落ち着いた。
「――確かに、ひどい水不足ですからね。少し神経質になっている人もいるでしょうね」
「神経質などという生易しいものではないな、あいつらは。オイル・ショックの時よりまだひどい」
 よほど嫌な目に会ったのか、老人は白鬚を震わせて怒っている。
「ほんとうにあの“水パニック”はすごかったですね。ミネラル・ウォーターの奪い合いも、すさまじいものでした」
「世も末じゃな」
「ガソリン1リットルよりミネラル・ウォーター1リットルのほうが高価なんですからね、なにしろ」
「馬鹿気たことだ」
 冷蔵庫から運んできた冷水をふるまうと、老人はうまそうに喉を鳴らして、ひといきに飲み干した。しかし白麻の上下に身を包んだ姿は、まったく汗をかいていないようだ。
「貴重な水を馳走になった。お礼に、これを差し上げよう」
 荷物など持っていないように見えたのだが、老人の手には魔法瓶が一つ抱えられていた。そして突然おごそかになって言った。
「正直者のお前に、永遠に水の涸れない魔法瓶を与えよう。これからも人々に優しくあれ。そして水なき時代の救世主たれ。よいか――」。
 そう言ったかと思うと、忽然と姿が消えた。あとにはなんの変哲もない魔法瓶が一つだけ。その開いた口からはまさにゴボゴボと水が溢れている。周囲の地面がみるみる濡れて行く。
「驚いた。本当に水が湧いている! ――よし、そういうことなら近所の人たちに分けてあげよう」
 その時、私は栓をするということを考えなかった。集まって来た人たちはまったく切れ目なく続いたので、栓をする必要もなかったのだ。
なにしろそれからというもの順番待ちは夜昼なく続き、秋口になっても雨の降りそうな気配さえない。コンビニエンス・ストア顔負けの24時間フルタイムである。各企業がスポンサーになって、夜間照明や順番待ちのためのベンチや特設テントまで設営された。警察官も24時間体制で警備にあたっている。
 それでも最初の頃一度だけ、庭先がメッカのようになってしまったのをなんとかしたいと思って、魔法瓶を移動しようとしたのだが、私の力では持ち上がらなかった。たかが魔法瓶なのに異様に重いのだ。
「──ま、いいか、このままでも」
 私はこういうところがいいかげんなのだ。おかげで庭の植木は踏み荒らされて見る影もない。あの老人の言葉に操られたとは思いたくはないが、やはり救世主気取りであったのだろう。現にマスコミの取材も殺到し、世間ではカッコ付きだが一応私は“救世主”と呼ばれるようになっている。
 しかし、この時気づくべきだったのだ。
 確かに最初から栓はなかった。しかも、老人は「永遠に湧き続ける」と言っていた。
「こりゃあたいへんなことだぞ」
 溢れ続ける水はますます勢いを増して、音もゴオゴオと聞こえるほどになっている。行列の人たちが汲み取るより、湧くほうが早くなっている。ちょっとした合間を縫って、私はずぶぬれになりながら、なんとか蓋をしようとしたが、どんなものも水の勢いに跳ね返されてしまう。どこかへ運ぼうと、数人の人に手伝ってもらって持ち上げようともしたのだが、持ち上がらない。そこで、クレーンを持って来てピックアップすることにした。
 私を中心に大勢のヤジウマが見守る中、魔法瓶にクレーンの爪が食い込む。メキメキと音を立てたかと思うとスッポリと持ち上がり、と思った瞬間、魔法瓶の置いてあった地面から巨大な水柱が空高く上がった。──私は茫然とそれを見上げた。
「まるで地球に穴が開いたみたいだ……」
 見る間に穴の直径は1メートルに達して、なおどんどん広がっている。
「人類を救うというのは、このことなのだろうか。もしかするとこれは、あの“大水”か……」
 魔法瓶の段階で、水道の本管に接続してしまうという方法もあったのだ。永遠に水が湧き続けるのであるならば、それこそ使い方でこの魔法瓶は救世主になったはずである。世間からちやほやされることで増殖してしまった私の“欲”が、こういう結果を招いてしまったことになる。
 全世界が水没したのは、それからわずか1週間後のことであった。──私は今、ノアの箱舟ならぬ釣り用のゴムボートに乗って水面を漂っている。

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2008年4月27日 (日)

9夜ショート・ショート「ボディビル」

ボディビル

 彼は美しかった。
 しかも頭脳は、余裕を持って東大法学部に合格したほどで、乗馬とスキーは国体出場の腕前。家柄は、縁戚に皇族や政治家や学者がキラ星のように居並ぶ名門。なおかつ、彼の父は海外にその名を知られる大企業のオーナーで、その経済的恩恵を、彼は生まれた瞬間から十二分に享受していた。
 つまり、彼はオールマイティである。
 ひとが、「それだけでいいから欲しい」と切望するものを、すべて持っていたのだ。
 彼自身は特に意識することもなかったが、まぎれもなく幸福であった。
 しかし強いて不満を言うならば、「もはや何も求めるものがない」ということになる。
「わたしは強く美しい、誰よりも」
 彼がそうつぶやいても、東大の同級生の中にさえ否定する者はいなかった。
 彼の周囲には、彼の魅力にとらわれた多くの賛仰者がいたが、男女を問わず、彼に対抗しようと思う者はいなかった。そして、対抗できる者がこの世には存在しないであろうことは、彼と出会った者なら誰もが抱く確信であった。
「──わたしは、神かも知れない」
 彼が何気なくそうつぶやいた時でさえ、その場に居合わせた者すべてが無言でうなずいていたほどだ。
 ところが、そんな彼に、ひとつの衝撃を与える出来事があった。
 ある日、なにげなく開いた海外の雑誌で、ミスター・アメリカ・コンテストの記事を目にした時のことだ。そこには、ボディ・ビルによって極限まで鍛え上げられたアポロンたちがいた。あたかもブロンズの彫刻と見紛うばかりの、肉体の芸術である。
 彼はその写真を見つめながら全身が震え、血が逆流する思いであった。
「神の啓示だ!」
 これさえ手に入れれば、ほんとうに全知全能の神になれると彼は思った。まだ、この世に求めるものがあるという喜びが、彼のその思い付きをいっそう強固なものにした。
 それ以来、彼はストイシズムに取り憑かれてしまった。
 煙草や酒はいうに及ばず、“筋肉”に直結しないものはそれまで好んでいた食物さえすべて断ってしまった。そしてひたすらボディビル・ジムに入り浸るようになった。三島由紀夫が通ったという伝説の後楽園ジム──ここには、神の国への階段があるのだ!
 プロテインを主食としたが、他に肉、卵、牛乳、チーズといったものなら、食欲とは関係なく、無理にでも詰め込んだ。たとえ栄養のバランスが崩れると忠告されても、彼は聞く耳を持たなかった。ある種の薬物さえ拒まず、ボディ・ビルそのものへの非難も、彼はまったく意に介さなかった。
「どうしてまた、あんな陰気なことを」
「あれは他に楽しみのない者や、コンプレックスの強い者がやるもので」
「キモチ悪いわ、“筋肉お化け”じゃないの」
「一種の変態?」
「ホモに気をつけて」
 彼は社交界とも縁を切った。それまで、夜毎違う女を抱いていたのだが、全エネルギーをボディ・ビルに注ぐため、女たちをも一切寄せつけないようにした。
 それからの日々は、筋肉への執念で明け暮れるようになった。
 眠ること、食うこと、それ以外は“鉄”とのコミュニケーションである。バーベルやダンベルが彼と肌を接する友人であった。
 当初は、
「豆乳にしたら?」
「繊維質やカルシウムも摂取しないと」
「せめて一日置きにすれば毎日よりも効果が」
 ──等のアドバイスを与えていたコーチ・ビルダーも、かれの偏執的なまでの拘泥にサジを投げた。
 それ以来、彼は口をきく相手さえいなくなった。
「わたしは、神に、なるのだ!」
 巨大なバーベルを持ち上げる時に、そう叫んだのを聞いた者がいた。また、
「神よ、もうすぐ、わたしも追いつきます」
 姿見に裸身を映して、うっとりとつぶやくのを聞いた者もいた。
 ○月×日、九段武道館。ミスター・ニッポン・コンテストの日である。
 彼は観衆など問題ではないと思いながらも、ついに完成に至った肉体を見せたかった。
 舞台中央に進み出て彼はポーズを取って力を込めた。
 全身の筋肉がミシミシメキメキと音を立ててふくれ上がる。
 会場に広がるため息と歓声。コンテストの参加者の中にも、さすがに彼の姿に勝る者はいないようだ。
 しかしその時、
「ボキ」
 という鈍い音が聞こえた。
 上腕骨の折れる音であった。
 さらに同様の音が体のあちこちで立て続けにしたその瞬間、彼の身体は、なんと弾けたゴムのようにひとかたまりに縮んでしまった。
 舞台の上に、ごろりと転がった肉の塊。
 スポット・ライトが、その異様な質感をくっきりと照らし出す。
 ──あまりに強靭となった筋力の負荷に、骨格が耐えきれなかったのである。
 筋肉を誇示するために力を込めた瞬間に、彼の全身の骨はあっという間に砕けて、あとには一個の肉のボールが舞台に転がることとなった。
 会場のどよめきの中で、彼はうすれ行く意識に身を任せた。そしてかすかな声で、
「いま、まいります……」。

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2008年4月26日 (土)

36夜ブック・レビュー『コクトー、1936年の日本を歩く』

コクトー、1936年の日本を歩く


日本を考えるための必読書
                  
良書です。
コクトー関連は片っ端から目を通して来たが、
「日本」という視点からこれほど鮮やかに切り取ったものは他にない。
もちろん私が日本人だから興味津々なのに決まっているが、
それでも、コクトーの未知の側面が随所に見られて、ゾクゾクする。
日本および日本人を考えるためにも、一度は目を通すべき必読書。

コクトー、1936年の日本を歩く

著者:西川 正也

コクトー、1936年の日本を歩く

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2008年4月25日 (金)

35夜ブック・レビュー 『赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』

赤塚不二夫のことを書いたのだ!!


貴重な証言禄

同時代のファンとして、創作の背景を知りたいとは思っていたが、やはり担当編集者の証言はおもしろいし、重い。
ギャグは命懸けなんだと、しみじみ納得。
ストーリー・テラーなんて、これに比べたら平和安穏なものだよね。
次々に新しいギャグを連発するのは、文字通り「出血大サービス!」なのだ! 

赤塚不二夫のことを書いたのだ!!

著者:武居 俊樹

赤塚不二夫のことを書いたのだ!!

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7夜ショート・ショート「噂のキオスク」

噂のキオスク

 その噂を私が聞いたのは、実は今回が初めてではない。すでに4度か5度は聞いていると思う。たぶん、これを読んでくれているあなたも、一度くらい聞いたことがあるかもしれない。
 私が最初にその噂を聞いたのは一昨年の年末だったと記憶している。
 湯島のシンスケという居酒屋でゼミの同窓会をやった時だ。その時にちょっとしたやりとりがあったので、わりとはっきり憶えているのだ。
「おい、キオスクでコンドーム売ってるって、おまえ知ってたか?」
 ふとした拍子にそう言ったのは大神という悪友で、こいつとは大学入学以来のつきあいだが、もちろん私は冗談だと思った。
 そいつは学生の頃からなにかといえばヨタを飛ばす癖があって、仲間うちでは名前をもじって「オオカミ青年」と呼ばれていた。これはもちろん「オオカミが来たぞ!」と嘘をつくあの話にちなんでのものである。もっとも今ではいい歳だから、「オオカミ青年」ならぬ「オオカミおやじ」がふさわしいかも知れないが。
 いずれにせよ、仲間うちではそいつの癖を呑み込んでいるから扱いも慣れていて、誰もが適当に合わせている。ご他聞に漏れず、私なども会えば学生時代さながらに調子を合わせるようにしているので、ハタから見たらヘタな漫才ぐらいには見えるかも知れない。
「キオスクでコンドーム? 今頃なに言ってんだい。オレなんか十九の時からお世話になってるよ」
 だからこの時も、こんな合いの手を入れて澄ましていた。
 するとあいつは、いやに真顔で、
「いや、冗談なんかじゃなくてさ」などと、間の抜けた返事をする。
「おいおい、もうちょっと気の利いたセリフはないのかよ。オオカミ青年も年をとってヤキが回ったか?」
 ところがそれからよくよく聞いてみると、そいつはいつものヨタ話ではないのだという。
「これだけはマジ」
 大神のやつはそう前置きして説明してくれたのだ。
「キオスクでコンドームを売っている」──これは文字通り「小説よりも奇」な「事実」なのだそうである。
 なるほど、確かにそう言われてみると、それくらいのものならキオスクに置いてあっても不思議はないように思える。
 なにしろキオスクにはネクタイもあればワンカップ大関もあるしで、ようするに「手軽に入手できれば便利」と思われるものはたいてい置いてあるのだ。それに、「コンドームは特殊な商品だ」などと思うことこそおかしいのであって、その証拠に、西友あたりでもちゃんと一番目立つところに置いてある。それくらいなのだから、キオスクに置いてあって悪かろうはずがない。いや、置いてあって当然というべきかも知れない。しかし、実際に買うとなるとちょっと恥しいから、まあ利用するようなことにはならないだろうが。
 ──ところがそのことがあってからしばらくして、ふとしたことから私も“その”必要に迫られることになった。これは思いもかけぬことだが、実は前々から目を付けていたある女性と、幸運なことに秘密の時間が持てることになったのだ。しかし、その時間は様々な事情からきわめて限られている。それに、男と女の関わりというものはちょっとしたタイミングが大きな意味を持つもので、あまり悠長なことはしていられない。気が変わらないうちに、すばやく抜き差しならない状況にしてしまうに限るのだ。
 そこで私は、さっそく通りがかりの御徒町駅のキオスクに顔を突っ込んで、連れの女性には聞こえないように囁いた。
「コンドームくださいコンドーム!」
 と言ってみたところ、オバチャンは妙な顔で「ありませんよ」
「品切れ? コンドームだよコンドーム、あるでしょ?」
「イヤラシイ、鉄道公安官呼びますよ!」
 しばしの沈黙。
「だ、だってコンドーム必要なんですよコンドームッ!」
 私は思わず大きな声を出してしまった。
 すると売店のオバチャンはもっと大きな声で、
「ちょっと、誰か来てえっ!」と叫んだのだ!
 私はすっかりギョウテンしてしまって、跳び上がるなり全速力で逃げ出した。チキショウ、やっぱりあいつは嘘をついたのか。欺された。どうしてくれよう、あのバカヤロウ!
 やっと口説き落としてデートまで漕ぎ着けた女性をその場に置き去りにして来たと気付いたのは、なんとそれから1時間も経ってからのことであった。残念だが、彼女はもう二度と私の誘いには乗らないことだろう。いや、それどころか、私はもう二度と彼女の前に顔を出せない。それくらいなら水洗便器に顔を突っ込んで溺れ死んだほうが、まだましだ。本当に、恥しい。
 しかしそのすぐ後で、大神に電話をかけて恨みつらみを並べ立てたところ、
「それじゃダメだよ。特殊なものを買う時は品名のあとに“キオスク”を付けなきゃあ。たとえば“コンドーム・キオスク?”ってなぐあいにさ」
 私は二の句が継げなかった。
「オレなんか、けっこう利用してるんだぜ。それと、あのあと仕入れた情報なんだが、大麻やマリファナ、おまけに拳銃まで買えるって話だ。いやあ、われらがJRのエキナカ商法も来るとこまで来たって感じだな」
 それ以来、大神とは絶交した。
 その後、まったく別の人物から同じ内容のヨタを聞く機会が3、4度あった。大神が発火点なのかどうかはわからないが、どうやら巷では、この“噂”がまことしやかに流布されているらしい。冗談としてはタチの悪いものだと思うのだが、それだけ世の中が平和だということになるのだろう。まあ、考えてみれば、ジョークをジョークとして楽しむぶんには格別罪もないわけで、ことさらに私が敏感になっているのは私自身の責任といえるのかも知れない。
 しかしもちろん、私は二度と欺されない。欺されてたまるか!
 だけどそれなら、昨日のことはどう解釈したらいいのだろう。昨日。……
 仕事帰りにキオスクで、私は夕刊フジを買おうとした。すると私の前にいた無精髭のばかにやつれた男が、
「ライフルとダイナマイトきおすく?」
 とオバチャンに向ってささやくではないか。私はハッとして、息を呑んだ。
 しかしオバチャンは平然と、
「弾は?」
「二箱きおすく」
「はい、四十七万五千円」
 そんなものがいったいどこにしまってあるのかと思う間もなく、オバチャンはササッと手早く取り出して、オツリのやりとりも手馴れたものである。通常通り事務的で、なんの遅滞もない。
 私はその一瞬のやりとりを見て呆然としていた。
 あの話は、本当だったのか。嘘でもなんでもなく、現実のことなのか。
 とても信じられないが、でも確かに、今、目の前で起こったことだ。しかも今の男は、法律で取り締られているはずのライフルとダイナマイトを、いとも簡単に入手してしまった。どう考えてもこれは非合法のはずだが。コンドームなどとはわけが違うし。「コンドームで、自分も試してみようかな」と、性懲りもなく考えながら、ある不安が頭の隅をよぎった。
 近いうち、ライフルとダイナマイトを使った事件が、まさか起こらないとは思うのだが。……

*注 ここに登場する個人・団体等はすべてフィクションです。とくにキオスクは鉄道弘済会とJR各社が経営するキスクとはなんら関係ありません。言うまでもないでしょうが世の中には変な人がいるので念のため。

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2008年4月24日 (木)

6夜ショート・ショート「自動販売機」

自動販売機

「あ~あ、もう最終か。やっと酔い始めたばかりだってのに、もう帰らなきゃならないとはね。クソッ! お勘定ッ!」
 バーテンに当たってみたってしかたがないのはわかっていたが、きょうのオレは、それでも言わずにいられない気持ちだった。
 ×月25日。ご存知、きょうは給料日だ。
 といっても、普通は銀行振り込みのはずだから、女房は喜んでも、亭主にはたいして関係はない。
 しかし、オレは必ずキャッシュで、しかも自分で受け取ることにしている。
 そうでないと、汗水垂らして働いたという感じがしないのだ。
 給料封筒の中をのぞきこむのは、サラリーマンの身にとって、月に一度のささやかな楽しみではないかと、オレは思っている。
 しかし、そうは言っても、給料の格好さえついていればいいというものではない。
 やはり中身が問題だ。
「勘定、まだかい?」
 オレは中っ腹で催促した。
「エ~ト、アベちゃんは、6万7千円だな」
「なんだなんだなんだ、オレはそんなに呑んでないぞ!」
「ツケがたまってんのッ! きょうが給料日だってことぐらい、わかってんだから」
 クソッ、これでタクシー代も出なくなった。
 いよいよもって、なにがなんでも最終電車に乗らなきゃならない。
 さっきまでは、もう一軒寄って車で帰ってもいいな、なにしろ給料日なんだから、──そう考えていたのに。
 オレは店を出るなり、ゴミバケツをおもいきり蹴飛ばした。
「安月給で、女房子供まで食わせてるんだからなッ! どうにかしてくれよォ、酒ぐらいじゅうぶんに呑ませろよォ、なあ神様ようッ!」
 べつに神の存在を信じているわけではないのだが、オレはそう叫ばずにはいられなかった。
「うるせえぞ、バカヤロウッ!」
 ドスのきいた声に振り向くと、一目でヤクザとわかる男がニランでいる。
「スイマセン……」
 すかさず謝ってしまって、オレって男はなんて卑屈なんだと思ったが、しかたがない。長いものには巻かれろ、寄らば大樹の陰、大は小を兼ねる──そう、婆ちゃんから教わった。
 しかしこんなことだから、ますますストレスが溜まるのだ。
 そして、その解消のために、また酒を呑まなければならない。
 新宿駅までの裏道は、どういうわけか酒類の自動販売機がやたらと並んでいる。
 しかも、都条例の十一時を過ぎても、止まることがない。
「しようがねえな、カップ酒でも買って駅まで呑みながら行くとするか。ミジメだけど、似合いってもんかな」
 オレは、手近かな自動販売機に百円玉を二個入れた。
「ゴットン」という音がして、ひとつ出てきた。
「それにしても、ミジメだなあ」
 オレはその場で封を切ってひと口すすり、歩き始めようとした。
 すると、背後で「ゴットン」という聞き慣れた音がまた聞こえた。
 なにげなく振り向くと、誰もいない。
 はてな、と思いながら戻ってみると、カップ酒がまたひとつ出て来ていた。
「もうかった」──これがその瞬間の正直なオレの実感だ。
「神様への直訴が効いたかな」
 ひとつをポケットに入れて、ひとつはすすりながら、オレは歩き始めようとした。
 単純なものでたかだか二百円のカップ酒ひとつで、さっきより心がやわらいでいる。
 ところがその時、また「ゴットン」という音がした。
 振り向くと、やはりまたひとつ出ている。
「へ~え、神様なんてのも、案外いるもんなんだねぇ」
 もちろん本気で思ったわけではないが、そう思っても悔いはないような気になっていた。
 それならば──と、ここがオレのイヤシイところなんだが、待ってればまだ出るんじゃないかと考えた。
 そして、ほんの三十秒ほど──。
「ゴットン」
 やっぱり!
 それからというもの、三十秒置きくらいにいくらでも出て来る。
 機械の故障であることは明白だが、イタズラっ気も手伝って、最終電車に向かうヨッパライを呼び留めては一本ずつ手渡した。
 オレは、酔いも手伝ってひどくゴキゲンになっていたが、ふと我に返って考えた。
「それにしても、もう百本以上は出ているはずだがこんなに一台の中に入っているものかな?」
 それでも、まだ、次から次に出て来るのだ。
 三鷹方面の終電は、もうとっくに出てしまっていた。

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2008年4月22日 (火)

34夜ブック・レビュー 『金沢;酒宴』 (講談社文芸文庫)

金沢;酒宴 (講談社文芸文庫)

これこそが本領!
                  

 吉田健一氏といえば、まず「美食家」として知られていて、これで人気が出たのは、みんなが親しむきっかけとして悪くはないが、せっかくだから、その後にぜひ「小説」にたどりついてほしいものです。
 氏は翻訳者としても多くの業績があり、随筆家としても一流には違いないが、小説作品をどれか一つでも──とりわけ本書収載の作品を読むと、根底から評価がくつがえること請け合いです。
 その作品群は他の誰も書くことのできない、独自のスタイルをきわめたもの。
 ときにセンテンスが長いのは、翻訳を手がけてきた所為もあるかもしれないが、この文体でなければ、この「時間感覚」を書き切ることは難しいのかもしれない。何作か読んで馴染んでくると、一種の中毒症状をきたしますね。自分で書くときに、つい真似をしてしまう。
 あなたも、ぜひ、真似た文体で何事か綴ってみてください。
 これは、一種の「快感」です。

金沢;酒宴 (講談社文芸文庫)

著者:吉田 健一

金沢;酒宴 (講談社文芸文庫)

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2008年4月20日 (日)

お知らせ

ホームページ(プロフィール紹介サイト)を全面改装しました。

http://www.toyac.com/

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2008年4月19日 (土)

33夜ブック・レビュー 『神々の山嶺(いただき) (1) 』 集英社文庫―コミック版

神々の山嶺(いただき) (1)  集英社文庫―コミック版

原作をはるかに超越する感動の書!
                  

原作ではすっきりしない部分もあったのだが、さすがは谷口ジロー。補って余りある感動の書となっている。
谷口ジローの作品は、もともと映像的なのだが、このテーマを得てフル・スロットルになった感がある。
長谷川恒男その他の実在の人たちを思い出しながら、山へ行く、というのは、ここまでくれば人生を賭ける価値があるのだと、あらためて感じ入った次第。歴史に残る名作でしょうね。
全五巻一括で買ってから読むのがおすすめ。途中でやめられません!

神々の山嶺(いただき) (1) (集英社文庫―コミック版 (た66-1))

著者:夢枕 獏,谷口 ジロー

神々の山嶺(いただき) (1) (集英社文庫―コミック版 (た66-1))

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2008年4月14日 (月)

5夜ショート・ショート 「歩く人」

歩く人

 歩く人がいる。
 と、いまさらめかして言わなくとも、人は歩いてあたりまえ。歩かない人がいるとするなら、むしろそっちがおかしいというものだ。
 とはいうものの、「さて、どれどれ」と歩く人を眺めてみれば、あるいは、さらに「マジマジ」と“歩く”行為を観察すれば、これくらい奇妙な行為もないと気付く。右足を出すときは左手を出し、左足を出すときは右手を出す。いったい、こんなきまりを誰が定めたのか! 勝手にそんなことをしていいとでも思っているのか!──などと怒ってみてもしかたがないが、あらためてそう考えてみると、無意識にやっている自分がなんとも奇妙だ。
 かといって、
「人間工学上、それが一番合理的なんだ」
 などと説明されても、
「それがどうした」
 という答えもある。べつに、スモウ取りと同じように、右足には右手、左足には左手を揃えて出して歩いても、特に不都合はないはずなのだ。なにしろ、モノの本によれば、かつて日本人はみんなそうやって歩いていたというのだから。いまからだって遅くはない。それこそがオリジナリティーというものだ。
 さて、ここに歩く人がいる。
 なんにためい歩いているのかは誰にもわからない。ただ、歩いていることだけは、誰の目にも明らかである。
 ところが、その歩き方が、ちょっとおかしい。2~3歩行くたびに、どちらを出したらいいのかと、しきりに迷っているように思われる。ためらいが表情にクッキリと表れている。
「もしもし、どうかしましたか?」
 そう声をかける者があった。
「お身体の具合でも悪いのなら、お手伝いしましょうか?」
 すると彼は、ちょっと口ごもるように、
「身体はどこも悪くはありません。でもアタマが少々……」
 そんなこともあるだろう。
「実を申しますとねぇ、私、ひどい健忘症でしてね。なにか聞いても、2~3歩歩くときれいに忘れちゃうんですよ」
「へーえ、まるでニワトリみたいですね」
「?」
「ニワトリって、3歩くらい歩くと、きまって“はてな?”って首をかしげるでしょう?」
「なるほど」
「3歩歩くたびに首をかしげている」
「そういえば──」
「ニワトリってのは、健忘症なんです」
「ほほお」
「あなた、まさか、ニワトリじゃないでしょうね?」
「ニワトリには見えませんか」
「断言はできないけど、たぶん違うでしょうね。私の長年の経験から見て、あなたは、99パーセントまでニワトリではありませんね、残念ながら」
「──そうですか、やはりね。しかし、そうすると、私はいったい誰なんでしょう?」
 そのとき突然、疾風のように現れた者があった。“走る人”であった。
 “走る人”はランニング・シャツにトランクスといったいでたちで、1歩ごとに首を振りながら、
「私は誰? ここはどこ? ワタシハダレ? ココハドコ?」
 そうわめきながら、2人のかたわらを走り抜けて行った。
 それを見送って、“歩く人”はつぶやいた。
「なんて苦しい人生なんだ……」
「そうですとも、彼にくらべれば、あなたのご苦労も影が薄いというものです。なにごとも上を見たらキリがない。それなりに満足というものを知るべきなのです」
「なんと力強い励ましだ。--ありがとう」
「なんのなんの、これが私の役割なんですから。なにしろ私は“立ち止まる人”、すべて私が知っています。そしてあなたは“歩く人”なのです」
「そうか。私は“歩く人”なのでしたね」
そう言って、“歩く人”は歩き出した。そして、ちょうど3歩目には、また「はてな?」というふうに小首をかしげていた。不忍通りから本郷通りへ少し入ったあたりの広い歩道は、ほかには誰も見当たらず、銀杏の落ち葉が美しい地紋を描いていた。

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32夜ブック・レビュー 『風の男 白洲次郎』 (新潮文庫)

風の男 白洲次郎 (新潮文庫)

数ある類書の中で、おすすめは本書のみ。
                
白洲次郎が急に人気者になったのは、この国が(国民が)こういう人を今、求めているからに違いないが、かくもあちこちで採り上げるられると、当然ながら間違いも多い。

テレビ番組や雑誌のミニ特集など、孫引きや伝聞が元になっているのはミエミエで、いいかげんうんざりである。

しかし、本書のみは、信頼して良いと思う。
実に真摯に取り組んでいる。
文脈から、誠実さが伝わってくる。

「伝記」というものは、こうでなければいけません。

風の男 白洲次郎 (新潮文庫)

著者:青柳 恵介

風の男 白洲次郎 (新潮文庫)

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2008年4月13日 (日)

4夜ショート・ショート 「タイム・トンネル」

タイム・トンネル

「レイちゃん、いよいよボクたち、夫婦になるんだネ。ながかったね~、ホント」
 オサムが電話で会いたいと言うから出て来たが、レイ子はべつに会いたいわけではなかった。
 ただ、「会いたくない」とでも言おうものなら、
「どうしたの? 体の具合でも悪いの? なら、お見舞いに行くよ。お花がいいかな、それともクダモノがいいかな、カヌレオレンジ・ショコラ買ってこーか?」
 などといった調子でウルサイのだ。
 親が決めた婚約者とはいいながら、なんでこんな男にあたしは付きまとわれなきゃなんないんだろ、──レイ子はオサムの声を聞くたびに、自分の運命を呪いたい気持ちになるのであった。
「レイちゃん、なんだか、元気ないねえ」
(あんたのせいなのよ)と口まで出かかったが、言うのもバカバカしいと思ってレイ子は黙っていた。
「でも、すぐ元気出ると思うナ、この報告聞いたらネ。いい? 驚かないでね。グランド・ハイアットの予約が取れたの! 今、ちょうどシーズンだから、大変だったんだヨ」
「あら、そ。ヨカッタワネ」
 なにがセンチュリー・ハイアットよ、男のくせに。神田明神深川八幡ぐらい言えないの、日本人なら、さ。
「──だけど、ここ、気味の悪い所だね。レイちゃんがここにしようっていうから来たんだけど」
「アラ、あたしは好きよ。小さい頃、よくここの境内で遊んだのよね。宮司さんだって、父のお友だちだしね」
「そう。レイちゃんが好きな所なら、きっとボクも好きになれると思うよ」
 だいたいオサムが誘う所ときたら、きまって青山か六本木で、レイ子は、どうも、馴染めない。
 会うのさえ気が進まないのに、場所まで気に入らない所じゃたまらないので、きょうはレイ子のほうから、ここ、根津神社の境内を指定したのだ。
「赤い鳥居がいっぱいあるね」
「時代劇の舞台みたいでしょ。時々ここで映画の撮影なんかもおこなわれるのよ」
「トンネルみたいだね」
(タイム・トンネルにでもなってるんだったら、さっさと逃げられるのにね、あたしの大好きな江戸時代へ!)
 ここの鳥居は数百本もあるそうで、くぐり抜けると本当にどこか別世界へ着きそうだ。
 たまたま今日は誰もいないせいもあって、うねりながら延々と続く赤いトンネルが永遠に続くような錯覚に陥ってしまう。
 見慣れているはずのレイ子さえ軽い眩暈(めまい)のような感覚に襲われる。
 オサムはひとりで勝手にしゃべり続けていたが、不意に立ち止まると、レイ子の肩に手を掛けた。
「──ねえ、いいだろ、結婚式の日取りまで決まったんだし」
 オサムは肩を抱き寄せて顔を近づけてくる。
(あ~あ、あたしも年貢の納め時かあ、ヤダヤダ!)
 レイ子は長く続く鳥居の奥に視線をやりながらボンヤリ考えた。
 ──と、その時、白刃を青眼に構えた一人の武士が忽然と目の前に現れた。
(あれっ、また撮影かな)
 と、レイ子が思うか思わないかのうちに、その武士はすばやく駆け寄って、
「エイッ!」という裂帛(れっぱく)の気合いもろとも、オサムを切り倒してしまった!
 オサムは「ギャッ」と一声叫んでもんどりうつと、ピョンと跳び上がって顔から地面へ墜落した。
 そして、「ブッ」と一発放屁して息絶えた、ようだ。
「──死んじゃった」
 駆け寄ったレイ子は、ぴくりともしないオサムの体から手を離して武士を見た。
「お女中、お怪我はござらぬか」
「怪我はないけど──」
「不逞の輩を成敗するに躊躇は無用」
(あ~らら、こりゃ本物のサムライだわ! タイム・スリップじゃないの、これって、もしかして!)
 レイ子がすばやく周囲を見回すと、こちらを窺っている通りすがりの人が数人、鳥居と鳥居の隙間から見えた。
 男性たちは紛れもなく丁髷で、女性はたぶん桃割れという髪型だ。
(江戸時代に来ちゃったんだわ、きっと!)
 根津神社の赤鳥居のトンネルへ入るとタイム・ワープするらしいという噂は前からあった。
(やったねっ!)
 レイ子は、幼い頃から親もあきれるほどの江戸っ子気質で、テレビも時代劇しか見ないという変な子であったのだ。
 初詣の願掛けは「いつか江戸時代に行けますように」というのが毎年のお決まりで、絵馬にまでそう書いてテレビに採り上げられたこともある。もちろん「お笑いネタ」としてなのだが。
「──して、この者に心当たりは」
「この人、あたしの婚約者──いいなづけよ」
「ん? そこもとの、いいなづけ? なんと、それでは拙者の心得違いでござったか」
「どうしてくれるの」
「う~む、この上は、この場で腹を切って」
「そんなことしたって、死んだものは生き返らないわ」
「それでは、いったいいかように──」
「そうね──替わりに、あたしと結婚してちょうだい。嫌とは言わせないわよ」
(ヘヘ、コーユー男が欲シカッタンダ。これで、侍のお内儀だわ!)……レイ子はほくそえむところを見られないように顔を背けた。その視線の先には、いつもお参りしている根津神社の銅葺きの屋根が、澄み切った江戸の青空にきらきらと輝いていた。

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31夜ブック・レビュー 『姓氏家系大事典』

姓氏家系大事典―コンパクト版

感想:一種の「エッセイ集」か!?

「事典(ことてん)」というくくりであれば何が書かれていても免罪符になるとはいうものの、
これで「大事典」というのは羊頭狗肉ではないだろうか。
文体もばらばらで(論文調もあれば談話調もある)、視点もまちまちで、はっきり言って資料価値には疑問符を付けざるを得ない。
「姓氏」についても「家系」についても、多くが一種の「エッセイ」になっていて、客観性や信憑性は二の次のようだ。
結果として、別の資料で再確認しなければならない事柄が頻繁に出現するのには、いささか困った。
ただ「読み物」として面白い項目もあるので、副読本の一つとしては良いかもしれない。
出典のわからない逸話がしばしば登場するが。
──というわけで、斯界の先達に敬意を表しつつも、残念な評価となった。

姓氏家系大事典―コンパクト版

著者:丹羽 基二

姓氏家系大事典―コンパクト版

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2008年4月12日 (土)

3夜ショート・ショート 「無印良品」

無印良品

 私がその店に入ったのはまったくの偶然であった。
 尾行をまくためにいくつかのビルに入り、すぐに裏口から抜け出るということを繰り返しているうちに、たまたま飛び込んだのである。
 そこは、いかにも青山あたりにありそうな小ぎれいでシャレた雰囲気に満ちていて、若い娘たちがあふれている。
 これならば尾行しているヤツも目立ちすぎて入りにくいに違いないし、私も、ちょっとだけ恥ずかしいのをがまんすれば、うまく追手をまけるに違いない。
 ──しかし、私のねらいは、残念ながらはずれてしまった。
 この店には“裏口”がなかったのだ。……
「いらっしゃいませ、なにをさしあげましょう」
「あのー、裏口は--」
「は? ウラグチ、ですか? あいにくそういったものは置いてございませんのですよ、なにしろ当店は“無印良品の店”、ブランドにこだわらない良い品だけを扱っておりますもので」
 それを聞いた周囲の女性客たちは、口をそろえて、
「田舎者ッ!」
 私は思わず一瞬たじろいだが、なにぶん追われている身でもあるので気をとり直して、
「いや、あの、ウラグチ、なんですが、私の聞いているのは」
「ウーラ、グッチでございましょう?」
 すると、また女性客たちがいっせいに、
「田舎者ッ!」
 そして今度は大合唱。
「ラララ ここは~ 無印~良品の~ お・み・せ・なのよ~ ルールルル」
「こ、こ、こっちですか」
「そちらは従業員の控え室になっております」
「それじゃ、こっち?」
「そこはトイレになっております、どうぞご利用ください」
「いや、私は--」
「ご遠慮なさらずにどうぞどうぞ、なんと申しましてもお客様あってのことでございますから、とにかくサービス第一! お買いものはそのあとでということで」
「いや、その、あの」
「さあさあどうぞどーぞ、ご利用くださいませ。ブランド物の便器ではございませんが、これも当店自慢の無印良品。キレイに掃除してございますから、きっと気持ち良くなさっていただけると思いますよ、さあどうぞどーぞ」
「はあ」
「もちろんトイレット・ペーパーも無印良品! ブランド・ペーパーに負けない品質を誇っておりまーす」
 あまりにも熱心にすすめるので、べつに用足しがしたかったわけではないのだが、私はトイレに入るハメになってしまった。
 そして私は「なんだかゲイみたいな店員だな」などと考えながら、ズボンを下ろした。
 ──と、そのとき、ドアがカチャカチャといったかいわないかのうちにパッと開いて、店員が顔を出した。
「よろしかったら、お尻もお拭きいたしますが、いかがですか。あたくしももちろん無印良品。使い心地は、モオ、最高ッ!」
 驚いたのなんのって、私は思わず丸出しのまま立ち上がって、なにをするんだっ! と叫ぼうとしたそのときに、ムンズとつかまれてしまった。
 そしてそいつは、
「あら立派!──これぞ“無印良品”」
 すると、店に群がっていた女性客がいっせいに、
「それもちょうだい」

Mujinori2

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2008年4月10日 (木)

30夜ブック・レビュー 『天眼─光秀風水綺譚』 河出書房新社

天眼―光秀風水綺譚 てんげん みつひでふうすいきたん

歴史小説 

おすすめポイント:
本能寺の変の直前に光秀が参籠した京都・愛宕神社祭神の謎や、京都・吉田神社との深い関わり、諏訪大社本宮信玄の水中墓など、戦国期の文物や特異な現象を、風水=陰陽道の原理で解き明かす試み。

通説を徹底して排除し、既存のいかなる光秀像とも、まったく異なる姿を描く。
とくに、光秀が信長に天誅を下す論理構築に焦点を当てる。

風水=陰陽道の思想を体現する異形のヒーローとして明智光秀を造形。
千利休や秀吉、家康、幽斎などの登場人物も、通説とは異なる独自の解釈で。
──ご一読あれ!

天眼―光秀風水綺譚

著者:戸矢 学

天眼―光秀風水綺譚

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2008年4月 3日 (木)

29夜 ブック・レビュー『もっと知りたい伊藤若冲―生涯と作品』

もっと知りたい伊藤若冲―生涯と作品 (ABCアート・ビギナーズ・コレクション)

見識に感銘

かねがね「コレクター」なるものの胡散臭さには辟易していましたが、実はそれ以上に、コレクターを持ち上げる美術界の人たちに疑問を感じておりました。佐藤氏の見識は、その点についての疑義を浮き彫りにしており、これこそが美術批評というものの本義であろうと感服しております。
日本美術のコレクションではボストンをはじめ、アメリカの美術館は際立ったものがありますが、そのほとんどは近世から現代にかけての「個人コレクター」によるものです。プライス・コレクションも、もちろん同類です。
彼らに言いたい。「ノブレス・オブリージュ」の精神を学べ、と。
アメリカという国の文化がいかに貧相で浅薄なものであるか、自覚しているからこそ金にあかせた美術館を(劣等感かも?)つくるのか?

ジョウ・プライス氏は、ぜひその有り余る資金を日本の誰かに提供して、日本に心遠館を造るべきであったと思います。若冲を日本に返してほしいと切実に思います。たまに見せびらかすだけというのは勘弁して欲しいものです。

かつて、ヨーロッパの貴族や富豪たちは、資力にものを言わせて世界の美術品をおのれのものにするだけではなく、その資金で文化育成の支援をしたものです。
いまやそういう「パトロン」はほとんどいなくなり、「コレクター(もしかすると投資家)」ばかりになってしまいました。

コレクターというものがいかに利己的なものか、私たちは彼らの資金に目がくらむことなく、公正に評価すべきであろうと思います。
その点、佐藤氏の冷静な視線は、出展のエサに惑わされることのないものできわめて貴重なものと思います。
ぜひ、本書を読み、著者のコメントから本質を読み取っていただきたい。

もっと知りたい伊藤若冲―生涯と作品 (ABCアート・ビギナーズ・コレクション)

著者:佐藤 康宏

もっと知りたい伊藤若冲―生涯と作品 (ABCアート・ビギナーズ・コレクション)

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2008年4月 2日 (水)

2夜 ショート・ショート「燃えろ、いい女!」

燃えろ、いい女!

「こんな格好、やだっ!」
 ユミがヒステリックにツナギの防護服を叩き付けた。
「そんなこと言ったって仕方ないだろう。防護服を着ないで外に出たら、顔も手も火傷してしまうんだから」
「やだやだやだやだ、お化粧したいピアスしたいブレスレットしたいミニスカート着てパンプス履いて歩きた~い、あ~んあんあん」
 泣いてしまった。近頃は出勤前の恒例行事になっているが困ったものだ。5分もすれば結局はしぶしぶ納得するのだが。
「さあ、出かけるよ。先に行っていいか?」
「待って! 私も一緒に、いく

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1夜 ショート・ショート「運動不足」

運動不足

新宿御苑で中年のガイジン男性が倒れている」
という連絡が119番に入ったのは、午前4時であった。発見者は御苑の管理人で、折からの春の陽気につられて深夜勝手に入り込むやからを追い出すために、巡回しているところであった。連絡を受けて駆けつけた救急隊員は、一目でその男を「浮浪者」と判断した。近頃は外人の浮浪者もたまに見かけると聞いているがゆえの判断であった。そして、どうしてそうなったのかわからないが、その外人男性は両足を骨折していて激痛のあまり失神しているのだということもわかった。ただ、救急隊員の脳裏をちょっと横切ったのは、彼が「毛糸のパンツ1枚」しか、身に着けていないということであった。いくら陽気が良くなったとはいっても、まだ日光浴には早過ぎる。それに時刻は午前4時。ようやく東の空が明るくなり始めたばかりである。
 病院で十分な治療を受けて、その男は間もなく気がついた。そして、片言の日本語となぜかあまり上手でない英語から、彼がアメリカ人であるということがわかった。そして--。
 彼は、なんと、自ら「ターザン」と名乗った。そう、あの「密林の王者“ターザン”」である。その時彼を見守っていた医師を始めとする人々は、一瞬彼が狂人ではないかと考えた。しかし彼の言葉をじっくりと聞いてみると、あきらかに正常であることがわかった。--ということは、彼こそが本物のターザンということになる。
「──わたしは密林が恋しかったのです。ニューヨークのビルディングは好きではありません。背広も好きではありません。アスファルトを靴で歩くのも好きではありません。だから、密林へ帰りたかった。でも、誰も密林へ連れていってあげようとは言わなかった。帰りたいのに帰れませんでした。まぶしいライトのあたるところばかり連れて行かれました。……そしたら、日本の人がそっとわたしに言いました。あなたを密林へ連れていってあげたい。ニューヨークから連れ出してあげたい。だから、わたしは喜びました。……そしてその人に連れてこられたのがあそこです。……ん? シンジュクギョエン、ですか? 初めてわかりました。でも、密林ではありませんね。……わたしは、とても不幸です」
 というわけで、結局わかったことは「ターザンはタチの悪い日本人にだまされたこと」そして「密林ならぬ新宿御苑に連れてこられたこと」またそのための「トレーニング不足になってしまったこと」、そして最終的には、トレーニング不足と加齢で運動神経が鈍くなったにもかかわらず“ア~アア~!”をやったために墜落して足を骨折した」──というわけであった。なんともバカバカしい話であるが、当のターザンにとっては深刻な話なのであった。
 ともあれ、これで日本全土は大騒ぎになった。なにしろ、往年の大スターであるターザンが日本で現役をしていたのだ。しかも、都会の密林「新宿御苑」でサバイバルしていたのである。これはもう、“時代の寵児”たるべき資格が十分に備わっているということに他ならない。
 さあ、それからが大騒動であった。ちょうどかつての「横井サン」のように、テレビ出演や講演やインタビュー、はたまた対談、ドラマ出演、歌手デビュー、などなど、とにもかくにも八面六臂の大活躍。そして移動は、もちろんハイヤーでの送り迎え。
 そしてあるとき、しみじみとターザンはつぶやいた。
「今度は、運動不足で腹が出た」

                                                   了

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