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2008年3月 3日 (月)

21夜 ブック・レビュー 「完訳フロイス日本史〈1〉将軍義輝の最期および自由都市堺―織田信長篇(1)」 (中公文庫)

完訳フロイス日本史〈1〉将軍義輝の最期および自由都市堺―織田信長篇(1) (中公文庫)

総タイトルが問題だが、きわめて貴重な資料。
たいへんな労作で、同時代の資料として貴重であるのは間違いない。
ただ、これに『日本史』というタイトルが付いているのは誤解を生む。
いかなる歴史書も、書き手の主観や独断を排除することはできないが、
それでもここまであからさまな主観や独断(異教徒から見れば偏見になる)で徹底されているならば、「日本史」という看板は下ろすべきだろう。
実態は、一人の宣教師の滞日数十年間を綴った「手記」「日記」であって、
たとえば同時代の日本人のものでは山科言継『言継卿記』や、吉田兼見『兼見卿記』、勧修寺晴豊『晴豊公記』などと同列の「同時代の証言」としての価値はある。
フロイスの上司にあたるバリニャーノからは「冗長すぎる」として公的記録としては評価されなかったようだが、
個人の「日記」としてとらえれば、むしろそこにはそれなりのおもしろさがある。
一宣教師にすぎないフロイスが、気負いに気負って、信長を始めとする名だたる武将や堂上公卿と交流し、彼らを評するくだりなどは、他の資料では見えない面が浮かび上がってなんとも興味深い。
好意も悪意も、ここでは隠す必要がないから実にあからさまで、だからかえって事実関係に嘘はないと逆に判断できる。
本書の値打ちは、この「偏見」にこそあるだろう。
というわけで、本書は「歴史書」ではなく、「偏見に満ちた個人の日記」として読むべきでしょう。

完訳フロイス日本史〈1〉将軍義輝の最期および自由都市堺―織田信長篇(1) (中公文庫)

著者:ルイス フロイス

完訳フロイス日本史〈1〉将軍義輝の最期および自由都市堺―織田信長篇(1) (中公文庫)

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