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2008年2月 5日 (火)

ショート・ショート17夜「植物の時代」

植物の時代

「好きよ……」
「オレも、さ……」
たそがれ迫る頃から、新宿の中央公園は、愛をささやき合う男女がどこからともなく集まって来る。暦の上では春になっているとはいいながら、夜ともなればまだまだ外気は冷えている。しかし、“若さ”は、どうやらそれを上回ってあまりあるようだ。
芝生の上に横たわって、恋人たちはくちづけをそっと交わす。──と、そのとき、
「ヤ・メ・ロ……」
という声が聞こえた。それは、最初はつぶやくように、しかし、しだいにウナリ声のように韻々と響き渡った。
「ヤ~メ~ロ~、やめろ、ヤメロ、やめろヤメロぉ~っ!」
公園内のそこかしこで起き上がったアベックたちがキョロキョロした。それをノゾキ見ていた連中も、やっぱり周囲を見回してとまどった。
「なんだナンダ、どうしたんだ」「警察か?」「ウルセエぞぉっ」「ジャマすんなッ」「いや、人間の声じゃなさそうだぞ」「ヤダ~!」「なんの声?」「幽霊か?」「ウソ~ッ!」「ちがうな」「なんなのよぅ」
などと騒いでいると、またしても、
「ヤ・メ・ロッ!」
という声が、どうやら地面から響いて来る。
今度は誰もかれもがそれに気が付いて、皆いっせいに、
「わッ」
と叫んで跳び上がった。
「地面だ!」「下から聞こえるぞ!」「なんなんだよ、これは!」
するとさらに陰々とした声で、公園全域からわき上がるように、
「ヤ~メ~ロ~オ~ォ~ゥ」
 しかも、その言葉に合わせて地面が震動するのだ。
これで、公園内はハチの巣をつついたように騒然となった。
ある者は地面を踏んでいるのが耐えられないとばかりにピョンピョン飛び跳ねて、また別の者はツマ先立ってソーっと歩き始める。
いずれも、脱いだズボンを片手に持ったり、膝までずり下ろしたままだったりで、まことに珍妙な格好である。相手の女性があられもない姿で地面から離れようとしてのけぞっているのに、それもほったらかしというありさまだ。
地面から声がするということだけは誰にでもわかったが、それがいったい何を意味するのかは誰にもわからなかった。とにかく、ありうべからざることが起きたので、恐怖心だけが公園内を支配していた。
すると、またもや地面から、
「もうたくさんだよ……いつもいつも踏みつけにして……やめた、やめた、……おとなしくしてたって、なんにもいいことないんだから……」
なんと、声の主は“公園の芝生”であった。
そして、それに唱和するように、園内の植物--柳や椿や桜やヒイラギや、ソテツやトリカブトやツクシ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザなどまでが、
「やーめた」
と言ってガサゴソ動き始めたのである。
──植物の反逆は、それがスタートであった。その夜、都内のいくつかの公園では多くの植物が動き出して、かなりの数のアベックとノゾキが行方不明になった。
そして、あくる日は、街路樹と戦うサラリーマン、盆栽に立ち向かう老人といった光景があちこちで見かけられた。
しかしそれはまだ序の口であった。本当の危機は、それまで静観していた「小石川植物園」が、いっせいに動き出したと知らされてからである。
さて、今度は人間がエサになる番、か。

〈了〉

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コメント

怖い話ですね。でも、面白い。

投稿 あらかると | 2008年2月18日 (月) 05時55分

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